Works: チョペ・ペルジョル・ツェリン「いつの日か、あの場所へ」
目の前に、世界地図があるとする。「チベットはどこにありますか?」と聞かれて、正しい場所を指さすことができる人は、読者の方々の中にもきっと大勢いることだろう。では、今やほとんどの世界地図で中国の一部として描かれているそのチベットが、れっきとした独立国家であったことを知る人は、はたしてどれくらいいるだろうか?
「チベットはかつて、山の中で仙人が修行していてもおかしくないような国でした(笑)。飛行機も車も電気もありませんでしたが、とても平和で、穏やかな国だったんですよ」
チョペ・ペルジョル・ツェリンさんは、そう言って自身の故郷に思いを馳せる。
しかし1951年、中国がチベットへの武力侵攻を開始すると、その穏やかな国の情勢は一変する。1959年、チベットの最高指導者ダライ・ラマ14世は、中国側の拘束を逃れるためにやむなくインドに亡命。その後、チベット国内では、中国軍の弾圧によって、おびただしい数のチベット人の血が流れ、不当な理由で大勢の人々が逮捕、拘束され、ほとんどの寺や僧院が破壊された。中国によるチベットの占領統治は現在に至るまで続いている。現地のチベット人は日常のさまざまな場面で基本的人権を制約され、ダライ・ラマ14世の写真を持ち歩くことすら許されていない。
だが、領土が占領されてしまっても、チベットという「国」が滅んだわけではない。亡命したダライ・ラマ14世は、インド北部のダラムサラにチベット亡命政府を樹立。以来、長年にわたる非暴力運動によって、チベット問題を平和裡に解決することを国際社会に訴え続けている。現在、チベット亡命政府の活動を展開するための代表機関は世界13カ国に設立されており、チョペさんが代表を務める「ダライ・ラマ法王日本代表部事務所」も、そうした代表機関の一つだ。
「この事務所は、法王猊下の代表機関として、チベットの仏教文化を通じて、チベット人の現状を日本や東アジアの人々に伝え、我々の活動に協力していただけるようにするために設立されました。具体的な活動としては、『チベット通信』という冊子を年4回発行したり、Webサイト上で情報を配信したり、チベット関連のイベントのサポートをしたりしています」とチョペさんは言う。
最小限の投資で大きな広報効果を得られるWebサイトは、組織面でも資金面でも決して恵まれているとは言えない同事務所にとって、重要な活動手段の一つだ。2003年にフルリニューアルされた現在のWebサイトの制作を担当したのは、(有)トライアロー代表取締役の尾津直美さん。600ページ以上という膨大な量のコンテンツを、数カ月の期間をかけて、無償で制作した。
「私、あの9月11日のテロの一週間くらい前に、ニューヨークに旅行に行っていたんですよ。それで帰ってきたらああいうことが起こって、すごくショックで。世界は全然平和じゃないのに、平和だと思っていた自分が恥ずかしくて。それ以来、歴史や政治を勉強しようと本を読み漁るうちに、『ダライ・ラマ自伝』と出会って、チベットについて何も知らなかった‥‥!とまた衝撃を受けて。それで事務所のサイトを見るようになったんですけど、その後、諸事情でサイトの更新が止まってしまったようだったので、よかったら私がやりますよ、とメールを送ったのがきっかけでした」と尾津さんは言う。
サイトにアクセスすると、最初にダライ・ラマ14世のスピリチュアルなメッセージが表示されるのが目を惹く。鮮やかなチベタンカラーに彩られたメインページには、最新ニュースのほか、チベットの歴史、宗教、文化などに関するコンテンツが、非常に理にかなった形で整理されている。
「サイトを作る際には、私自身が初心者の立場で、チベットについて知るために必要な情報が得られるように心がけました。一般的な企業サイトを作る時のように、情報を階層化して、系統立てて整理したんです。事務所にノートパソコンを持ち込んで、事務所の図書館で写真を探したりしながら作りました」と尾津さん。
「直美さんが作ってくれたサイトは素晴らしいですね」とチョペさん。「『チベット通信』は、どちらかというとWebに縁遠いご年配の方にも読んでいただけるようにしているんですが、サイトの方では、チベットのことにちょっと興味を持った方が気軽にアクセスして情報を得られるような場にしたいと考えています。またこのサイトでは、チベットの現状を知らせるだけでなく、法王猊下の教えやメッセージをできるだけ多くの人に伝えることで、我々チベット人からも日本の方々に何かをしてあげられれば、と思っているんですよ」
現在、ダライ・ラマ14世は、ただチベットの独立を主張するのではなく、外交や防衛は中国政府に委ねながら、その他の教育、経済、宗教などの内政面ではチベット人が責任を負う、いわゆる「チベットの完全なる自治」を提案している。道程は険しい。しかし、可能性は決してゼロではない。
チョペさんは言う。
「チベットは巨大な力に支配されて、国そのものが大きな収容所のようになってしまっています。そこで暮らす人々は、自分の気持ちを自由に伝えることさえできず、常にびくびくした生活を送っています。もしみなさんがチベットに関心を持っていただけるのでしたら、ぜひそれを周りの方にも伝えてください。また、実際にチベットを訪問して、現状を把握した上で何らかのサポートをしていただくことも、有難いことだと考えています」
「チベット民族は今、存続の危機に晒されています。我々はそうした状況を一人でも多くの人に伝えたいのです。そして、チベットの仏教文化を通じて、世界の平和に貢献することができれば----我々はそう願っています」
(「Web Designing」2004年8月号)

