終日、部屋でのんびり過ごす。音楽を聴きながら、ソファに寝転んで本のページをめくってみたり。
星野道夫さんの「旅をする木」という本の中に、こんな一節があった。
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結果が、最初の思惑通りにならなくても、そこで過ごした時間は確実に存在する。そして最後に意味を持つのは、結果ではなく、過ごしてしまった、かけがえのないその時間である。
頬を撫でる極北の風の感触、夏のツンドラの甘い匂い、白夜の淡い光、見過ごしそうな小さなワスレナグサのたたずまい‥‥ふと立ち止まり、少し気持を込めて、五感の記憶の中にそんな風景を残してゆきたい。何も生み出すことのない、ただ流れてゆく時間を、大切にしたい。あわただしい、人間の日々の営みと並行して、もうひとつの時間が流れていることを、いつも心のどこかで感じていたい。
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何気ないこの言葉の意味が、今となっては、骨身に沁みてよくわかるような気がする。今年の夏、自分もラダックでまたそんな時間を過ごせたらと思っている。

