February 2010 Archives

グループ写真展

夕方、来月から始まるラダックをテーマにしたグループ写真展の設営のため、西荻窪へ。

今回のグループ展では、総勢で八人くらいの人が参加している。会場でも、お互いに手伝ったりアドバイスしたりしながらの設営となった。僕自身は、去年のリトスタでの写真展で使ったA3サイズのパネルのうち、16枚を選んで、ぎゅっと固めて展示。ちょっとロモウォールみたいな雰囲気になって、まずまず迫力は出たかなと思う。

ほかにも、A2サイズのパネルをたくさん持ち込んでくれた参加者の方もいて、設営を終えた会場全体を見渡すと、写真の点数もあいまって、なかなか壮観な光景。ていうか、日本でこれだけたくさんのラダックの写真を一度に見られる機会って、今までなかったんじゃないかと思う。

グループ写真展「Eyes in Ladakh --旅人たちが見たラダック--」は、3月1日(月)から28日(日)まで、西荻窪のGreen Bazaar & 旅茶箱で開催。ご興味のある方、よかったらどうぞ。

積み重ねる

終日、部屋で仕事。どうにか今月のノルマを達成。

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五輪の女子フィギュアに出場した安藤美姫選手が「今までで初めて、心からスケートをやっていてよかったという気持になれた」というコメントをしているのを、テレビで見た。

彼女は大きな怪我やスランプと戦いながら、必死の思いで五輪への切符をつかみ取り、全力を尽くしたけれど、メダルには手が届かなかった。それでも、「スケートをやっていてよかった」と笑って言えるというのは、すごいことだなと思う。彼女はきっと、人として大切なものを着実に積み重ねているのだろう。

ひるがえって、自分はどうだろう? 「物書きをしていてよかった」と心から言えるような仕事を、積み重ねてきているだろうか?

‥‥がんばらねば。

誇りを持って

終日、部屋で原稿を書く。今月の目標はどうにかクリアできそう。最低限の目標ではあるが。

テレビは朝から晩まで、五輪の女子フィギュアの話題で持ちきり。日本の全国民の期待を背負わされてしまった19歳の女の子が、氷の上で一生懸命に舞っている姿は、見ていていじらしくもあった。

彼女は頂点に辿り着くことはできなかったけれど、悔しい思いを味わったからこそ、得られたものもきっとあるだろうし、それはこれから彼女が生きていく上での糧になるはずだ。何より、彼女の演技を見て、世界中でどれだけたくさんの人が心を動かされたことか。それはとてつもないことだし、そのことだけを取っても、彼女は十分に誇りを持っていい。

まだほんの19歳。先の人生は、まだまだ長い。自分が19歳だった頃と比べると、いや、ほんと、申し訳ないと思ってしまう(苦笑)。

「Web Creators」休刊

まるで春本番のような暖かさ。多摩川の河津桜はもう満開らしい。そろそろ自転車で遠乗りするのにいい季節になってきた。

夜、原稿を書いている途中で何気なくTwitterをチェックしていると、「Web Creators」が休刊になるという一報が飛び込んできた。正確には、Webマガジンの形に移行するということらしいが。

「Web Creators」は、僕が創刊時からしばらく関わっていた「Web Designing」のライバル誌で、両者は長年しのぎを削ってきた間柄。ここ最近は「Web Creators」の方がやや優勢だったという話も聞いてはいたが、いやはや、世の中わからないものだ。

三月で休刊になる「デザインの現場」もそうだが、これからしばらくは、紙の雑誌がWebに移行するという流れが続くのかもしれない。広告に依存していた雑誌の収益モデルは、一部の人気雑誌を除けばもうすでに破綻してしまっている。しかし、ライターにとっては厳しい世の中になったな‥‥。

自分で選ぶ

終日、部屋で原稿を書く。つけっぱなしのテレビでは、五輪の女子フィギュアのニュースばかり。

原稿の執筆と並行して、今回の本に必要な取材のアレンジも進めている。去年の夏から今年初めにかけても、広告系の本の取材をたくさんこなしてきてはいたが、あれは出版社の編集者さんのアレンジによるもので、インタビューの主導権も編集者さんが握っていた。これから始まる取材は、僕が興味を持っている人たちを自分で選ぶわけだから、より素直な気持で取材をすることができる。その点だけでも、モチベーション的にはかなり違う。

昔、雑誌の仕事がメインだった時も、すでに取材先が決まっている段階での依頼より、「誰か面白い人いませんかね?」という段階から相談される仕事の方が好きだった。ただテープ起こしをして文章を仕立てるだけなら、別に僕でなくてもいいわけだから。

うーん、こんなこと書いてたら、テンション上がってきた(笑)。

e-Tax

午後、確定申告をするために税務署に行く。

大きなプレハブの中に用意された申告スペースは、数年前と比べるとすっかり様変わりしていた。以前は長机と椅子がずらりと並んでいて、人々が座って手書きで申告書を書くのを税務署の人が巡回しながら手助けしていたのだが、今年はフロアの三分の二が、e-Tax申請をするためのパソコンで占められていた。

収支内訳書を作成した後、係員さんに案内されるまま、e-Taxへの入力を始める。自分の名前の登録作業までは順調だったが、収入の金額を入力する段になると‥‥何かがおかしい。よくよく確かめてみると、入力箇所を指定した係員さん自身が間違えてた(苦笑)。税務署の人でさえ間違えちゃうようなややこしいシステムって、どうなんだろ‥‥。

ともあれ、手続きは二時間ほどで終了。これで肩の荷が一つ下りた。

説明文

終日、部屋で仕事。次の本の原稿の続きを書きはじめる。広告本の作業のためにしばらく中断していたので、まだちょっと調子が戻らない。

今取り組んでいる本は、いわゆる実用書。物事をわかりやすく噛み砕いて説明するという類の文章が求められている。リトスタ本のようにインタビューした人の言葉を生き生きと読みやすく再構成するのでもなく、ラダック本のように自分の心に一番近いところにある言葉を紡いでいくのでもない。まあでも、それぞれに難しいところはある。書くのが楽な文章なんて、そうそうあるものではないなと痛感している。

‥‥とか何とか言いながら、このブログの文章、かなりテキトーに書き流している気がする(笑)。

invictus.jpgインビクタス」とは、ラテン語で「不屈」を意味する言葉。かつて、ネルソン・マンデラが27年間に及ぶ獄中生活を送っていた時、心の支えにしていた詩の題名なのだという。

舞台は、アパルトヘイト(人種隔離政策)から民主主義へと移行しはじめたばかりの南アフリカ。白人と黒人との間の反目は依然として根深く、国内では混乱が続いていた。そんな中、初の黒人大統領となったネルソン・マンデラは、1995年に自国で開催するラグビーワールドカップで南アフリカが優勝することこそが国内の融和に繋がると考え、代表チーム「スプリング・ボクス」の主将、フランソワ・ピナールを大統領官邸に招く。そこから、後に奇跡と呼ばれる快進撃が始まる――。

これは、単にスポーツを題材にしただけの映画ではない。ネルソン・マンデラという不屈の魂の持ち主が、自らの信念を貫くことで、憎悪と不信にまみれていた4300万人の人々を、南アフリカ国民として一つにまとめていく軌跡を描いた映画だ。実話を基にしているとはいえ、物語自体は、王道といえばあまりにも王道な展開。だが、監督のクリント・イーストウッドによる人物や場面の細やかな描写は、陳腐さを微塵も感じさせず、観る者をグイグイと惹き付けていく。主演のモーガン・フリーマンやマット・デイモンの抑制の効いた演技も素晴らしい。

今回あらためて思い知らされたのは、ネルソン・マンデラという人の懐の深さ。27年間も投獄され続けていたのに、白人を憎むのではなく、赦すことで国を一つにしようと考えるなんて、並の人間にできることではない(その点ではダライ・ラマ法王にも共通するものを感じる)。彼はその信念を貫くが故に、家族との関係さえもうまくいかなくなり、そのことで思い悩んだりもする。だが、彼の信念は、ラグビーワールドカップという舞台装置を得て、ついには国を一つに結束させる。ラスト20分間のクライマックスに繋がっていくそのプロセスで、一人ひとりの心が次第に解きほぐれていくさまは、本当に感動的で、観ていて胸が熱くなった。

エンドロールの冒頭で、街の広場でラグビーをして遊んでいる黒人の若者たちが映し出される。映画のスタッフが偶然街で見かけて撮影したのだそうだ。この映画を象徴しているような、美しい光景だった。

大食漢

終日、部屋で仕事。次の本のための取材依頼など。確定申告の準備もしなければ‥‥。

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昨夜の飲み会の幹事は、昔関わっていた雑誌のデスクだったIさん。料理を注文する時、「じゃあ、僕がテキトーに‥‥」と言いながら、みんなのために餃子や青菜炒めをオーダーしてくれたのだが、最後に「自分用にチャーハンを餃子付きで!」と注文。普通に晩ごはんだ(笑)。

で、ほかの料理と一緒にチャーハンが運ばれてくると、Iさんはあっという間にチャーハンをかっこんで、その後、何と!

「あ、ラーメンお願いしますー!」

みんながびっくりしている中、Iさんは幸せそうにラーメンをすすっていた。うまそうだった(笑)。

旧交

夕方までに、広告本の最後の一人の原稿を書き上げる。推敲の必要はあるが、長い長いウルトラマラソンを走り終えて、ようやくゴールテープを切った感じ。

夜は神保町の九頭鳥という店で、昔関わっていた雑誌の元編集スタッフやデザイナーさんたちと飲み会。ここはまあ普通の中華料理屋なのだが、餃子だけはやけにうまい。調子に乗って食い過ぎた‥‥。

参加者の中には長いことご無沙汰していた方もいたが、みんなで何の気兼ねもなくバカな話で盛り上がることができて、愉しかった。僕のように完全に一人きりで仕事をしている人間に、こうしてつるんで飲むことのできる人たちがいてくれることは、ありがたいことだなと思う。

主夫感覚

終日、部屋で広告系の本の執筆作業。話の内容自体が面白いので、かなり順調に進めることができた。

夕方、足りなくなった食材を補充するため、エコバック持参で近所のスーパーへ。買い物かごを片手に、店内を巡回していると‥‥。

「あっ! 納豆が78円!」「おお! 牛乳が168円! ラッキー!」

‥‥とまあ、こんな感じで、最近はすっかり主夫感覚で買い物をしているような気がする(笑)。まあ、これだけ自炊の習慣が継続するとは、自分でも想像していなかったのだが‥‥。

明日の朝は何にしようかな。

完遂

終日、部屋で広告系の本のテープ起こし。夜までかかって、どうにか先週取材した分の作業を完遂することができた。あとは原稿を書き上げれば、とりあえず脱稿できる。長かった‥‥。

もう、QuickTimeの再生ボタンと停止ボタンと巻き戻しボタンをひたすら押し続ける日々とは、しばらくオサラバしたい(笑)。

今日は、新しい書籍の編集をしてくれないかという依頼をいただいたりもしたのだが、次の本の執筆スケジュールともろに重なってしまうので、残念ながら引き受けることができなかった。時間はないけど、金もない。世の中、なかなかうまく回らないものだな。

頂点を目指す生き方

バンクーバー五輪のニュースを見ていて、ふと思ったことを、とりとめもなく。

人には、いろいろな生き方がある。五輪に出場しているのは、頂点を目指す生き方を選んだ人たち。生活のほとんどを自身の鍛錬に捧げ、時にさまざまなものを犠牲にしながら、少しでも上を目指すという生き方。それには、天が与えた才能と、途方もない努力と、いくらかの幸運が必要になる。

でも、頂点を目指す生き方を選んだ人の多くは、頂点に達することができずに終わる。どこかの時点で敗れ、何らかの形で自分の限界を知ることになる。血のにじむような思いで積み重ねてきた努力が、まったく報われずに無に帰することも珍しくない。

ほとんどの人が頂点に立てないのなら、頂点を目指すという生き方は、無意味なことなのだろうか?

最近は、努力していればいつか報われる、と思っている人が、だんだん少なくなっているのだという。がんばっても、その先にはいいことは待っていない。それよりも、自分が属している世界が快適であればいい。無理に上を目指さなければ、痛い思いをすることもない、と。

僕自身は、頂点というか、上を目指すことだけがすべてではない、と思っている。でも、今そう思えるのは、かつて自分自身が、上を目指す生き方をしようとして、何年間も必死に努力を積み重ねたことがあったから。そこで徹底的に打ちのめされ、自分の無力さを思い知った経験があったから。そしてその経験があったからこそ、理解できたこともあったから。

何かを成し遂げるということ、そのために努力を積み重ねるということは、受け止めてくれる人がいてこそ成り立つものだ。努力の過程を支えてくれる人や、その結果を見て心を動かされたりする人がいなければ、それはただの自己満足でしかない。周囲の人々との関係があってこそ、何かを目指すこと、そのために努力することが意味を持つようになる。

五輪に出場している選手たちは、たぶんそのことを一番よくわかっている。たくさんの人の支えがあるから、彼らは全力で頂点を目指す戦いをすることができる。目標を達成できた人も、できなかった人も、その喜びや悔しさは、支えてくれた人たちと分かち合うことができる。きっと、それが一番大切で、意味のあることなのだ。

スポーツの世界に限らず、もっと小さなことでも、何かの目標に対してありったけの努力をして、全力で戦った経験がある人だけが、「頂点に立つことだけがすべてではない」ということの意味を理解できるのではないだろうか。少なくとも、痛い思いをすることが怖くて、全力で戦ったことがない人には、その本当の意味はわからないと思う。

ヒートテック

雨というか雪というか、氷雨? とにかく寒い。しかし、今日は昼から都心に行く用事がある。意を決して、今季初、ヒートテックの上下を装着。

ユニクロのヒートテックは、冬のラダックで暮らしていた頃にものすごく役に立った。肌着レベルのレイヤーが一枚余分にあるだけで、体感気温がまるで違う。登山用の本格的なものに比べると圧倒的に安い。これがなかったら、あの土地の寒さを耐え凌ぐことはできなかっただろう。

ひさしぶりに着てみたら、やっぱり暖かい。特に足の部分が効果大。でも、ジーンズの下にタイツを穿いていると‥‥何となく、気持がじじむさくなる(笑)。

γ-GTP

一昨日、先月受けた健康診査の結果を聞きに病院に行った。

「おおむね問題ないんですが、γ-GTPの数値だけがちょっと高いですね‥‥」
「それはどういう状態を表す数値なんですか?」
「肝臓に負担がかかっていることを示すものなんですが‥‥普段、お酒はよく飲まれますか?」
「毎晩、風呂上がりに350mlの缶ビールを一本飲むくらいですが」
「そうですか。それだとこんな数値にはならないはずだが‥‥ああ!」
「な、何ですか?」
「きっと、年末年始にたくさん飲み食いされていたから、数値が上がったんでしょうね」

あー。十二月は何だかんだで忘年会続きだったし、正月は安曇野で飲み食いしてたし。さもありなん。

佳境

午前中から目黒で広告系の本の取材。予定していたより大幅に長引いて、終わった頃にはもう夕方。面白い話を伺うことはできたものの、これをテープ起こしするのは大変だな‥‥。一人になったとたん、どっと疲労が滲み出る。

ともあれ、今回で広告系の本のための取材はすべて終了。長かった‥‥。キックオフしたのって、かれこれ一年くらい前じゃなかったっけ? 無事に本が完成するといいのだが。

あと少し、あと少し。校了したら、何かうまいもの食べに行こう。がっつりと。

door_into_summer.jpgこの「夏への扉」を買ったのは、偶然といえば偶然だった。近所の本屋をぶらついている時、海外小説の棚の前に平積みされていた淡いブルーの表紙がたまたま目に入ったのだ。手にとってぱらぱらめくってみると、装丁も文字組もとても感じのいい本だなという印象。いったんは本を元の場所に戻してエスカレーターに向かって歩きかけたのだが、何だか気になってしまって、くるっと戻って本を手にとり、レジに向かった。

偶然といえば偶然。でも、読み終わった今では、出会うべくして出会った本だったような気もする。

僕も学生の頃は、レイ・ブラッドベリを中心にSF小説を読みあさっていた時期があったが、ロバート・A・ハインラインのこの代表作はなぜか読んだことがなかった。まず感心したのは、構成の素晴らしさ。コールド・スリープとタイム・トラベルを軸としたSFの王道を行くストーリーは非常に精緻に組み上げられていて、何気ない描写やディテールがことごとく伏線となり、結末に向けて見事に収斂していく。ページをめくって読み進めていくと、「ああ、そうか!」と思わせられる場面の連続で、それが何ともいえず心地いい。主人公のダンや猫のピートをはじめ、登場人物の描写も細やかで魅力的だ。小尾芙佐さんによる新訳の文章は端正でとても読みやすく、一語々々丁寧に訳されていることが伝わってきた。

夏への扉」が上梓されたのは1957年。物語の中では核戦争を経験した1970年と、それから30年後の2000年の世界が描かれている。現実の世界ではそれも10年前の過去になってしまったが、物語の中で描かれた未来予想図と比べると、それよりはるかに進んでいる面もあれば、遠く及ばない面もある。ロボットや宇宙旅行から日常生活のちょっとした小物に至るまで、現実のテクノロジーとの違いを比較して楽しめるのも、こうした古典的SF小説ならではの醍醐味だろう。

ロバート・A・ハインラインが描いた未来は、明るく洗練されていて、幸せと希望に満ちあふれていた。未来こそが自分本来の時代だ、とダンは言う。だが、2010年を迎えた現実の世界は、どうもあまりうまくいっていないように思える。誰もが「このままではいけない」とうすうす感じつつも、それを変えることができず、閉塞感が蔓延している。人間は、そろそろ本気で知恵を絞って、譲るべきところは譲り、力を合わせるべきところは合わせていかなければならないのかもしれない。

紙への愛着

やけに生暖かい天気の日。午後は広告系の本の校正反映作業をし、夜は次の本の原稿を書く。

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最近、寝る前に一、二時間ずつ本を読んでいる。仕事でどん詰まりまで追いつめられていた頃は、人様の書いた文章なんて読む余裕がなかったのだが、やっぱり読書は愉しい。乾いたスポンジが水を吸い込むように、脳が言葉を吸い込んでいく。

それにしても思うのは、やっぱり、紙の本っていいなあ、ということ。特に、きれいな装丁と読みやすい文字組の本は、手に取ってページをめくっているだけで心がうきうきしてくる。こんな風に夢中になって本を読み耽るという体験は、iPadやKindleではちょっと難しいんじゃないかなと思う。

もちろん、iPadだけで事足りたり、むしろその方が適している本もあるだろう。カタログ系の雑誌とか、コミックとか、百科事典とか。でも、人の心に深い余韻を残すような本は、紙の方がふさわしいと思う。大切に書架に保存されたり、ことあるごとに読み返されたり、誰かにプレゼントするために買われる本。それはやっぱり、紙の本でなければしっくりこない。

あらためて、紙への愛着を確認したような気がする。

こんな感じ

体調もすっかり回復。広告系の本の作業は木曜の取材が終わるまでできないので、次の本の原稿を書きはじめる。

冒頭のまえがきや、第一章のさわりの部分を、少しずつ感触を確かめながら書いていく。何を書くのかはもう決めてあるのだが、今確かめているのは「こんな感じかな?」という感触。うまく説明できないのだが‥‥文体とか、テンションとか、リズムとか、そういうものがもやもやと組み合わさったもの。「こんな感じかな?」という感触がある程度つかめたら、その後は自然にスルスルと言葉が出てくる。逆に、感触がはっきりつかめていなければ、文章はあっちにふらふら、こっちにふらふらすることになり、後の修正が大変になる。

今日のところは‥‥うーん‥‥つかめた、かな?

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Web文章作成&編集術 逆引きハンドブック」刊行を記念したセミナーが来月開催されるとのこと。ご興味のある方はどうぞ。

消費者心理のプロセスモデルでチェックする 成果を上げるWeb文章の考え方・まとめ方
日時: 3月4日(木) 19時〜21時
会場:デジタルハリウッド東京本校1F
参加費:1500円
申込期限:3月3日(水)17時まで

考える時間

自分が旅を好きな理由について考えていると、たぶん、旅の中で「考える時間」が好きなんじゃないかと思うようになった。

一人である程度長い旅をしていると、何もしない時間というのが結構ある。空港や駅で乗り継ぎを待っている時。何時間もおんぼろバスに揺られながら窓の外を眺めている時。食堂で注文した食事が出てくるのをテーブルに頬杖をついて待っている時。安宿のベッドに寝転んでぼんやり天井を見つめている時‥‥。慣れ親しんだ居心地のいい場所から切り離され、見知らぬ世界に放り込まれると、五感も敏感になってくる。そんな時は否応なく、いろんな考えや言葉がぐるぐると頭の中をめぐるようになる。

ポジティブな考えが浮かんでくるとはかぎらない。むしろ、ネガティブで後ろ向きな考えが浮かんでくることの方が多いような気がする。けれど、そういう不安や焦燥の中で、自分の無力さ、情けなさ、ちっぽけさを思い知ることも、大切な旅の経験の一つだと思うようになった。旅を通じて自分の弱さを確認することで、初めて見えてくることもたくさんあるからだ。

僕の場合、そういう時間の中で考えたことは残さずノートに書きつける。構成とか文体とか、そんなものはどうでもいい。とにかく書く。すると、その混沌の中から浮かび上がってくる言葉がある。「ラダックの風息」の中でも鍵となる言葉のほとんどは、そうして生まれたものだ。

東京でせわしない日常を過ごしているだけだと、やっぱり僕には「考える時間」が足りない。そろそろ、一度リセットするべきなのかなと思う。

マ・プリエール

昨日の夜あたりから、頭痛に襲われる。左右のこめかみがズキズキ痛んで、薬を飲んで寝ても治らない。結局、昼間は数時間おきに薬を飲みながら、ずっと寝て過ごした。

夕方になって若干回復してきたので、軽く食事をしておこうと思って、近所のフレッシュネスへ。帰りに通りの反対側にあるマ・プリエールというケーキ屋さんで、フルーツロールケーキを買う。病んでる自分へのいたわりみたいなものか(笑)。

家に帰って、ホットミルクと一緒に食べたら、うまかった。今日はずっと寝ていたから、夜はなかなか眠れないだろうな。昨日買った新訳版の「夏への扉」でも読むか。

ポニョの狂気

午後、リトスタでおひるを食べたついでに、次の本の構成案を練る。おぼろげだったイメージが、だんだん形になってきたような気がする。書き出しが決まれば、もうちょっとはっきりするんだけど。

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夜、日テレで「崖の上のポニョ」をやっていた。観るのは初めて。初めはのほほんとした雰囲気だなあと思っていたのだが、いや、しかし、これは‥‥(苦笑)。ライターの友人が「近来稀に見るホラー映画」と評していたが、その通りだと思う。ありえない状況下で、幸せいっぱい、笑顔いっぱい、何の疑いもない愛情表現。それでいいのか? 理屈ではない部分でぞわぞわさせられる。

たぶん、宮崎駿監督としては、思うぞんぶん、作りたいように作った映画なのだろう。それはこの圧倒的な絵の作り込みを見ればわかる。だからなおさら、ひたひたと押し寄せる波のような狂気が怖い。それは古来のおとぎ話に通じる怖さなのかもしれない。

いや、ほんと、「近来稀に見るホラー映画」だった。

不景気

書き仕事が一段落したので、気分転換も兼ねて吉祥寺まで歩いて出かける。企画や構成案を考える時は、部屋に籠っているより、歩きながら考えた方がいい。

僕の家から東南東に伸びる道をひたすらまっすぐ歩いていくと、中道通り商店街からそのまま吉祥寺に着く。この商店街は小さいながらもお洒落な店が多いのだが、最近は特に、閉店したまま、がらーんと空き物件になっているテナントが目立つようになった。人気のエリアなので家賃や保証金も高いのだろうが、やっぱりこの不景気では、どこもおいそれと出店できないのだと思う。

自分が好きな店までなくなってしまっては困るので、晩飯は旅人の木でラーメンを食べた。

同姓同名

終日、部屋で仕事。昨日、今日と粘ったおかげで、かなり進んだ。

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最近、割とよく質問される件についてお答えします。

今、アマゾンで「山本高樹」という著者名で検索すると、こんな結果が表示される。

ラダックの風息 空の果てで暮らした日々
リトルスターレストランのつくりかた。
Web文章作成&編集術 逆引きハンドブック
昭和ヂオラマ館―山本高樹作品集

ラダック本、リトスタ本はともかく、Web文章本に編集者である僕の名前がなぜ表立ってクレジットされているのかはよくわからないのだが(苦笑)、一番下の「昭和ヂオラマ館―山本高樹作品集」は、同姓同名の全く別の方の著作。僕もよく存じ上げないのだが、ジオラマ作家として、その世界ではかなり有名な方だという。自分の名前は相当に珍しいと思っていたので、正直びっくりしている。

というわけで、僕はジオラマとかまったく作れないので(笑)、お間違えなきよう。

心の平和

東京でも雪が積もった。こんな日に外を出歩かなくてすむのはありがたい。終日、広告系の本のテープ起こし。手元にある分は、とりあえず全部終わらせることができた。

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最近、一日の仕事を終えてビールを飲む前に、マッサージジェルを使うようになった。

僕が使っているのは「Peace of Mind」というジェル。小さな容器からワンプッシュして指先にちょっと取って、こめかみや耳たぶや首筋にすり込んで使うのだが、これが、しゅわしゅわ〜という何ともいえない爽快感。「おおお〜」と、思わず声が出てしまう。日がな一日、机に向かって黙々とキーボードを叩き続けた後だとなおさら。

「心の平和」とはよく言ったものだなあ。我に平和を。

地味なゲーム

終日、部屋で仕事。雨が雪に変わり、白く積もりはじめている。

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最近は、めっきりゲームをやる機会が減った。Wiiやプレステはうちにはないし、買う予定もない。ただ、iPhoneではチョコチョコとやることがある。

iPhoneでは、膨大な種類のゲームアプリを選んで遊ぶことができる。数百円程度から買える有料のものもあれば、無料で遊べるものもある。僕がiPhoneに入れているのは、オセロ、マインスイーパ、そしてソリティア。どれもサウンドも何も出ない地味な一人遊びゲームだが、これが意外とハマってしまう。仕事の合間にちょっとやってみるかと始めてみたら、あっという間に二時間経っていたことがあった(汗)。

‥‥にしても、選べるゲームは星の数ほどあるのに、何で僕は、よりによってWindowsの付属ゲームみたいなのばかり選んでるんだろう?(苦笑)

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  • Author : yama_taka
  • フリーランスの編集/ライター/フォトグラファー。旅と写真と自転車をこよなく愛する、生まれながらの根無し草。
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  • ラダックなどへの旅の中で撮影した写真のポートフォリオ。
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