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ラダックで暮らす日本人女性(2):上甲紗智さん
年の瀬になって急に始めた新シリーズですが(笑)、ラダックで暮らしている日本人女性、二人目にご紹介するのは上甲紗智さん。「ラダははブログ」というすごいインパクトのあるタイトルのブログを現地から更新されています。
サチさんはもともと日本の旅行会社にお勤めになっていたそうで、ラダックやザンスカールをはじめ、カイラスやムスタンなど、チベット文化圏の秘境を数多く訪れている方です。ご主人は、ザンスカール人のツェワン・ヤンペルさん。ヤンペルさんと僕は今年の夏、すっかり仲良しになってしまって、レーでヒマな日の午後は、たいていヤンペルさんのオフィス(Hiddnen Himalayaという旅行代理店です)に遊びに行って、のんびりチャイをすすりながらおしゃべりをしたり、オフィスを訪ねてきた日本人のお客さんの接客の手伝いをしたりしていたのでした。
サチさんのブログの主役は、タイトルからもわかるように、お二人の息子さんのナムカ君です。ナムカ君は本当に見るからに健康優良児といった感じの元気な男の子で、特に爆睡してる時の顔がかわいいのです(笑)。ブログでは、サチさんの日々の子育て奮闘記や、季節とともに移り変わるラダックでの暮らしの様子が報告されています。ラダックでの生活の一端を知るにはとてもいいブログだと思います。
ヤンペルさんとサチさんの旅行代理店Hiddnen Himalayaでは、日本からの各種手配旅行の問い合わせや見積もりの依頼などを受け付けているそうです。個人旅行ではちょっと不安があるという方や、旅の日程がかなりシビアという方は、コンタクトを取ってみるといいでしょう。
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ラダックで暮らす日本人女性(1):池田悦子さん
2010年に入ってから、ラダックでは、三人の日本人女性が住み着いて暮らしはじめました。その方々は、それぞれ別のラダック人男性と結婚していて、お子さんもいらっしゃいます。しかも、いずれの方も現地から更新しているブログをお持ちです。これから三回に分けて、その方々をご紹介していこうかなと思います。
まずは、「Neo-Ladakh」というブログを運営している池田悦子さん。池田さんは、僕が「ラダックの風息」を書くための取材でラダックに滞在していた2007年の夏頃、ストクの村で約半年間にわたってホームステイをしていた方です。その後、現地で知り合ったスタンジン・ワンボ君と結婚し、いったん二人で日本へ。2010年の春、娘のかりんちゃんとともにラダックに戻り、今はレーの郊外で暮らしています。
池田さんとは僕も仲良くさせていただいているのですが、ちょっとやそっとのことではへこたれない、すごいバイタリティの持ち主だなあと思います。ラダックの人々や文化に対するリスペクトをきちんと持っていて、自らそこに飛び込んで同化することのできる順応性を持ち合わせているというか。
以前、僕と池田さんとワンボ君とで立ち話をしていた時、通りがかったラダック人のおばちゃんが、池田さんはラダック人の顔立ちで、ワンボ君は日本人の顔立ちだ、と言い張ってきかなかったことがあります(笑)。池田さんは、それだけラダックという場所になじんでいるのでしょうね。
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ダライ・ラマ法王のラダック訪問
昨日9月13日(月)、ダライ・ラマ法王が、先日洪水に見舞われたラダックのレーやチョグラムサルを訪問されました。その時に撮影された写真が、法王の公式サイトに掲載されています。
Prayers for Flood Victims - Leh September 2010
http://dalailama.com/gallery/album/0/84
報道によると、ダライ・ラマ法王はチョグラムサルの被災地を訪れた後、レーのメインバザールのゴンパ・ソマで追悼法要を行われたそうです。それから、ラムドン・スクールのグラウンド付近に用意された特設会場で、2万5000人以上の人々を前にお話をされたとか。上のサイトに掲載されている写真を見ると、ものすごい数の人ですね‥‥。ラダックの人々はみんな、法王がいらっしゃるのを心待ちにしていたのだと思います。
今回の法王のご訪問が、被災地の人々の心の支えになることを祈っています。
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ラダック洪水被災地フォトレポート(2):チョグラムサル編
洪水被災地のフォトレポートの後半は、ラダックの中でも一番被害が大きかった、レー近郊のチョグラムサルを中心にご紹介します。
レーからチョグラムサルへと続く街道を下っていくと、「もっとも甚大な被害を受けた被災者のエリア」という旨の横断幕が張られていました。しばらく進むと、アスファルトで舗装された街道はいつのまにか土砂に埋もれてしまいました。
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ラダック洪水被災地フォトレポート(1):レー編
東京に戻ってきて、ようやくブログに写真がアップロードできるようになりました。先月、ラダックの洪水被災地で撮影してきた写真を掲載していこうと思います。まずは、レーのバススタンド周辺の被災地から。
レーの街を直撃した土石流は、メインバザールの外れからバススタンドへと下っていく、右回りの急な坂道の途中のあたりに押し寄せました。まるで、何発も爆弾が落ちたかのような光景です。
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ムスリムのパン屋街
レーのメインバザールにある大きなモスクの左側から裏に抜ける路地のあたりには、ムスリムたちが経営する看板もないパン屋が軒を連ねています。写真のようなクルチャやナンが香ばしい匂いとともに売られていて、レーから日帰りでどこかの村を訪れたりする時の携行食にはうってつけです。しかも、ものすごく安い。僕が滞在していたゲストハウスでも、チャイと一緒にこのクルチャをよくいただいていました。
ラダックでは千年もの昔からチベット仏教が信仰されてきましたが、その一方で、16世紀頃に伝わってきたイスラム教を信仰するムスリムも少なからず存在します。それはカシミール人だけでなく、ラダック人の一部にも及んでいます。仏教徒とムスリムは、表面上は特にいがみあったりはしていませんが、ムスリムの中には「仏教徒が手を加えた食物はけっして口にしない」という主義の人もいます。仏教徒のラダック人も、ムスリムが政治的な主導権を握るジャンムー・カシミール州のやり方に対して少なからず抵抗感を感じています。信じている神様が違うのだから、ぎくしゃくした部分があるのは仕方ないのかもしれません。
まあでも、このパン屋街で売られているクルチャやナンはおいしいです(笑)。
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レーの犬の生活
レーの街では、かなりたくさんの野良犬が生活しています。かなりたくさん‥‥いや、ものすごくたくさん(笑)。街をぶらぶら歩いていても、こんな風にくるっと身体を丸めて眠りこけている犬たちを至るところで見かけます。「カワイイか?」と聞かれると、うーん‥‥あんまりカワイイとはいえないですね(笑)。どちらかというと、厳しい環境の中で生き抜いているが故の図太さというか、ふてぶてしさというか、そういう印象の方が強いです。
レーで暮らす野良犬たちは、もっぱら朝のうちに人間が出した残飯などを漁って腹を満たし、昼間のうちはずーっと昼寝。人間に対しては見向きもしません。ただ、夜になると活発に活動を開始し、時には群れになってワオワオと吠えまくって、かなりうるさいこともあります。
深夜にジープでレーに着いた時や、夜明け前にバスターミナルに歩いていかなければならない時などは、この犬たちに注意した方がいいです。うっかり近づくと、昼間の眠りこけっぷりからは想像もできないほど攻撃的に吠えかかってくることがあります。僕自身も吠えかかられたことがありますが、かなり怖いです。地元のラダック人たちでさえ、夜に出歩く時は犬を追い払うための棒切れを持っていく人もいますね。
ラダックのNGOの中には、こうした犬たちが無制限に増えすぎてしまうことを防ぐために、犬に避妊手術を施す活動をしているところもあるそうです。
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顔なじみの牛たち
2007年から2008年にかけて、冬のラダックで取材をしていた頃、僕はレーのチャンスパ地区にあるタシ・ギャルツェンさんのお宅にホームステイをさせてもらっていました。
毎朝8時か9時くらいに起きて、台所でストーブに木切れをくべながら、チャパティやツァンパのスープの朝ごはん。それからバケツに3分の1ほど用意してもらったお湯で、ブルブル震えながら頭と身体を洗います。部屋で本を読んだり、写真や取材ノートを整理したりした後、僕は11時頃にカメラザックを担いで家を出て、メインバザールまで20分ほどの道程を歩いていっていました。
すると、ほぼ必ずといっていいほど毎日、この写真の牛たちの行進とすれ違っていたのです。いわば顔なじみ(笑)。
ラダックの人々にとって、乳を出す牛は大切な家畜です。ヒンドゥー教徒のように牛を神聖視しているわけではありませんが、レーのような街の中でも、こんな風に牛が堂々と行進していることはざらです。どの牛も毛並がつやつやしていて、大事にされていることがわかります。
本当に毎日顔を合わせていたので、そのうち僕は、「よっ!」と牛たちに挨拶をするようになりました(笑)。
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最初に撮った人
この写真を撮ったのは、2007年5月13日。足かけ一年半に及ぶラダックでの長期取材のため、レーの街に到着したまさにその日のことでした。
それ以前に何度かラダックを訪れていた時も、僕は結構たくさん写真を撮っていたのですが、そのほとんどは、旅行の時にいつも持ち歩いていたGR DIGITALというコンパクトカメラで撮ったもの。取材のために持ち込んだ一眼レフでラダックの人々を撮った経験はなかったので、「こんなでかいレンズを向けたら、みんな萎縮するんじゃないか‥‥」と、ちょっと不安に思っていましたし、それを自分がクリアできるという自信もありませんでした。
ノルブリンカ・ゲストハウスに部屋を取り、ひと休みしてから、僕はカメラバッグを肩に出かけました。メインバザールに出てぶらぶらと通りを歩いていた時、ふと目が合った一人のおばあさん。道端でネックレスやブレスレットなどのチベタン・アクセサリーを売っていた、チベット人のおばあさんだったのですが、僕は何となく、「最初に誰か撮るなら、このおばあさんにしよう」と思ったのです。
とはいえ、その頃はまだナクシャ(写真)という言葉も知らなかったし、英語も通じそうになかったので、僕はカメラを見せながら必死で笑顔を作って、どうにかこうにか、写真を撮らせてもらったのでした。
でも、この一枚を撮らせてもらったことで、自分の中で、ぽん、と見えない枷のようなものが外れたような気がしました。ちゃんと向き合って一生懸命に気持を伝えれば、こんな自然なまなざしの写真を撮らせてもらえる。それからの僕は、調子に乗ってバンバンというわけにはいきませんでしたが、言葉を覚えたりしながら、少しずつ、ラダックの人々と真正面から向き合えるようになっていったと思います。
そういう意味でも、この写真は、僕にとって思い出深い一枚です。
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二人のナムギャル
今日からもう12月ですか。早いなあ‥‥。
一年前の今頃は、「ラダックの風息」の原稿を書き終えた後、写真のセレクトで死ぬほど悩んでいた時期でした。載せたい写真はそれこそ何百枚もあるのに、本は240ページしかありません。一度選んだものが気に入らなくて最初から全部やり直したりして、周囲の友人に「‥‥やつれた?」と心配されるくらい、消耗していた記憶があります(苦笑)。
そうなんです。「これはブログには載せずにとっておいて、本に載せよう!」と思っていて、結局載せられなかったり、カラーページには回せなかったりした写真が、まだ山のようにあるのです。最近、そういう写真たちを仕事の合間に見返したりもしているのですが、「このまま埋もれさせておくのももったいないなあ‥‥」と思うようになりました。
2009年はこのブログもかなり放置気味だったので(すみません)、これからは、一、二週間に一度くらいのペースで、そういう埋もれた写真たちを、こんな感じでちょこちょこご紹介していこうかな、と思っています。まあ、次の夏に再びラダックに行くまでのウォーミングアップということで(笑)。
上の写真は、本の中でもモノクロページに載せた写真です。左の男の子が、文中にも登場したホームステイ先の一家のスタンジン・ナムギャル。右の男の子は従兄弟のリグジン・ナムギャル。どっちもナムギャルという名前です。リグジンの帽子にも名前が入ってますね。カッコイイ(笑)。
ナムギャルというのは、かつてラダックを統治していたナムギャル王朝の王族が代々受け継いでいた名前でもあります。中でも一番有名なのがセンゲ・ナムギャルという王様なのですが、それにちなんで、スタンジンはよく「センゲ、センゲ」という愛称で呼ばれていました。
元気かなあ、あの子たち‥‥。
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オリヴィエ・フェルミのギャラリー
去年から暮らしはじめたこのラダックで、膨大な数の写真を撮り続けてきた僕ですが、改めてつくづく思うのは「やっぱりフェルミには到底かなわない」ということ。まあ、比べるだけ無謀といえばその通りですが(笑)。
オリヴィエ・フェルミは長年ラダックやザンスカールで撮影を行っているフォトグラファーで、チャダルを旅する二人の兄妹の姿を追った写真集は、日本でも「凍れる河」(新潮社・現在絶版)というタイトルで紹介されています。研ぎ澄まされた陰影を湛えた風景や、ナチュラルで穏やかな表情の人々を捉えた彼の写真を見ていると、「いったいどうやったらこんな風に撮れるんだろう‥‥?」と思わずにはいられません。
「Föllmi Spirit」 http://www.follmispirit.com/
そんな彼の写真を気軽に目にすることができる場所が、レーにあります。彼の写真のポスターを展示販売しているギャラリーです。去年はメインバザールの中心にあったのですが、今年からフォートロードの近くに移転しました。メインバザールからフォートロードを下り、小さな橋を渡ってすぐ右折し、ドルフィンというオープンカフェの手前で左上に階段を上がったところにあります。
ポスターは一枚2000?3000ルピーとかなり高価ですが、大判で迫力があり、財布の中身に余裕があれば衝動買いしたくなってしまいます。印刷はバンコクで行っているそうで、まずまずのクオリティです。ポスターは高くて手が出ないという方は、7枚100ルピーのポストカードセットがお買い得かもしれません。レーの街で売られている絵ハガキは概してあまり出来がよくないのですが、ここのポストカードセットはそれらとはレベルが違いますね。
ちなみに僕は、去年も今年も、彼のポスターを一枚ずつ購入してしまいました‥‥。帰国して引っ越したら、部屋に飾るのが楽しみです。
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チベタン・ピースマーチ・イン・ラダック
えーと、今、たしかどこかの国の澱んだ空気の首都で、オリンピックとやらをやってるんでしたっけ?
‥‥代表選手の方々には悪いですが、正直、全然興味ありません。人間の尊厳や生命を踏みにじって平然としているような国が、平和の祭典なんて、ちゃんちゃらおかしい。
そんな世界中から白い目で見られている北京五輪が開幕した8月8日、ラダックのレーでは亡命チベット人たちを中心にした大規模なピースマーチが行われました。集まった人の数は、ざっと1000人くらいはいたでしょうか。周辺部を含めたレーの街の全人口が3万人足らずですから、それを考えるとかなりの数です。
朝9時、ソナム・ナルブー病院のあたりから出発したピースマーチは、坂を上ってバススタンド前を過ぎ、沿道で大勢の人々が見守るメイン・バザールへ。ジョカンを回り、ポログラウンドまで行進した後、サーズ・リンポチェをはじめとする偉い方々のお話を伺ってから解散。
参加者のほとんどがチベット人だったこともあって、ピースマーチの迫力は鬼気迫るものがありました。日本で手伝ったピースマーチとは、根本的に何かが違う。怒りと悲しみ、やりきれなさ、そんな感情がないまぜになっていて、一緒に歩いていても胸が痛くなりました。
日本の人々の多くは、もうチベットのことをずいぶん忘れかけているのではないかと思います。でもチベットの人々は、50年近く前に国を追われて以来、ずっと叫び続けてきました。その叫びに耳を塞ぐことは簡単です。でも、開会式がどうだったとか、誰がメダルを取ったとか騒ぐ前に、もう一度、耳を傾けてみてはくれませんか? 自分たちの国で、自分たちらしく生きたい、ただそれだけの当たり前の希望に。
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LEDeG
ラダックではいくつかのNGOが活動していますが、その中でももっとも中心的な役割を果たしているのが、LEDeG(Ladakh Ecological Development Group)です。ラダックの伝統的な社会や文化と調和した、エコロジカルかつ持続可能な開発・発展を促進することを目的としたNGOです。
LEDeGの本部は、レーのメインバザールからチャンスパ方面に行く道の手前を右折し、警察署を通り過ぎた後に左折すると現れる池のほとりにあります。
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ラダックのエコショップ
こういうブログをやっていると、「ラダックでおすすめの宿・レストラン・ショップを教えてください!」というメールをたくさんいただきます。でも実は僕、そういう情報はあんまりよく知りません(汗)。特にレーでは、デチェンさんの宿に居座ったままメシを朝晩食わせてもらっているので、そういう類の店は全然開拓していないのです。まあ、レーの町ではどの店もそれなりにレベルが高いので、テキトーに入ってもハズレを引く可能性は低いのですが。
そんな僕の乏しい知識の中でも、ここは行っておいて損はないとおすすめできるショップが「DZOMSA」(何て読むんだろう、これ?)です。メインバザールの北、State Bank of Indiaのあたりからチャンスパ方面に行きかけたところの左手にあります。ほかに支店も1、2軒あるみたいです。
これは何の店かと聞かれるとちょっと説明しづらいのですが、「エコロジー」をコンセプトに、環境に優しいことなら何でも扱おうという意気込みのショップです。特に外国人観光客の利用頻度が高いのが、空のペットボトルや水筒を持っていくと、煮沸済みの飲料水をリフィルしてくれるサービス。市販のミネラルウォーターの半額程度なので、経済的にも環境的にもメリットは大きいです。
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レー ドスモチェ
2月4日と5日、レーでは新年の豊作を祈願するドスモチェという祭りが行われました。このドスモチェは、同じ日にリキル・ゴンパとデスキット・ゴンパでも開催されます。
初日は、レー王宮のすぐ近くにあるラカン・ソマ前の広場で、仮面舞踊(チャム)の儀式が行われました。
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スピトク グストル
1月6日と7日、レー近郊のスピトク・ゴンパでグストルという仮面舞踊(チャム)の祭りが開催されました。スピトクはゲルクパという宗派なので、祭りはティクセやカルシャと同様の手順に則って行われます。
スピトクの座主であるクショ・バクラ・リンポチェは、先代が亡くなった後、まだ転生者が見つかっていないということで、本来座主が坐るべき席には黄色い僧衣が形を整えて置かれていました。
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オンポの占い
ラダックには、オンポと呼ばれる伝統的な占星術師が存在します。彼らはラバ・ラモ(シャーマン)のように霊感に頼るのではなく、天文学と暦による計算からその人の吉凶や将来を判断します。ラダックの人々は、たとえば結婚式の日取りを決めたりする時などにオンポの判断を仰ぎます。
先日、レーの郊外に住むオンポの元を訪れる機会があったので、僕の将来について占ってもらいました。占いに際して必要なのは生年月日だけです(でも、同じ生年月日の人でも同じ占いの結果にはならないそうです)。以下、その結果。
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ガルダン・ナムチョ
12月4日は、ゲルクパの開祖ツォンカパの命日を記念するガルダン・ナムチョという灯明祭が、ラダックの各地で行われました。レーでは、日が暮れる頃から、普段は真っ暗なナムギャル・ツェモの山肌に、煌々と篝火が焚かれていました。
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気持のいい人々
僕がレーで拠点にしているゲストハウスは、メインバザールから歩いて15分ほどの町外れにあります。慣れてしまえばどうということはないのですが、初めてレーに来た人にはかなり遠く感じられるため、町からはるばるやってきてうちに部屋を求める人は、それほど多くありません。まあ、もともと客室は5部屋しかないし、風呂もトイレも共同なので、あまりたくさん客が来ても困るわけですが。デチェンさん自身も、「お客さんはあんまりたくさん来すぎない方がいいねえ」と言ってるし(笑)。
そんなせいもあってか、うちの宿に泊まりに来る人は、前にも泊まったことのあるリピーターが多いのです。そしてほとんど例外なく、面白い人が多い。
シチリア島生まれで、今はフランスで英語とイタリア語の教師をしているキャロルは、なんと14年も前から毎年のようにラダックにやってきている常連さん。「今年は南インドに行ったんだけど、モンスーンの雨にうんざりしちゃって、またラダックに飛んできちゃったの」。チェコ人のルブラは、ティクセをはじめ、あちこちのゴンパや学校に衣類やコンピュータなどを提供する活動をしています。「ラダックでウインドウズをアップデートすることが、僕のバケーションなんだよ」。4年前にラダックを訪れたドイツ人のガブリエルは、今度は結婚したばかりの奥さんのティナを連れて、新婚旅行でラダックにやってきました。しかし、新婚旅行なのに、ツォ・カルからツォ・モリリまで、標高5000メートルの高地をトレッキングするのはどうかと思うぞ、ガブリエル(笑)。
そんな泊り客たちは、自分たちの部屋に引き籠もったりせず、台所まで下りてきては、デチェンさんやほかの泊り客たちと一緒にワイワイ言いながら、おいしそうにごはんを食べています。みんな本当に、ラダックが、そしてこの宿のことが好きなんだなあと感じるひとときです。
ある日、ガブリエルが僕に言いました。
「タカ、僕は不思議に思うんだ。ここは町外れにある小さな小さなゲストハウスなのに、どうしてこんなに気持のいい人たちばかりが集まるんだろう?」
僕もそう思います。誰も彼も、会えてよかった、と心から思える人たちばかり。
そんな彼らも、一人、また一人と旅立っていきます。ラダックに、少しずつ秋の気配が近づいてきています。
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ダライ・ラマのティーチング
8月14日、16日、17日、18日、19日の5日間、レー近郊のチョグラムサルで、ダライ・ラマ法王のティーチングが開催されました。法王は毎年、夏の静養でラダックを訪れるたびに、ティーチングを行うことが恒例となっています。「法王様のティーチングの日に家にいるラダッキなんて、一人もいないよ!」とデチェンさんが言うくらい、ラダックの仏教徒にとっては一年で一番大切なイベントです。
会場となった法王の邸宅、ジワツァルの広大な敷地には、連日朝早くから数万人もの人々が集まりました。これだけ大勢のラダッキを一度に見たのは、ちょっと記憶にありません。レーからここまでは大渋滞で、バスでたどり着くだけで一苦労です。
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ラダックでコーヒー
僕はコーヒーが大好きで、日本にいる時は、三鷹のまほろば珈琲店のブレンドNo.5をザッセンハウスのミルで挽き、それをKONO式ドリッパーでいれてアラビアのマグで飲むという、いささかイヤラシイ愉しみ方をしています(笑)。でも、ここラダックでは、レストランで出されるコーヒーのほとんどはネスカフェのインスタントコーヒーで、たまに「フィルターコーヒー」という文字をメニューで見つけても、どうせまともなものは出てこないだろうと半ばあきらめて我慢していたのでした。
そんなある日、こちらで知り合った滋賀県立大教授の棚瀬さんが、「うまいコーヒーが飲める店がありますよ」と教えてくれたのです。
店の名は「デザートレイン・カフェ」。メインバザールの南端、大通りに面した建物の二階にあるカフェです。入口は一本裏の通りにあるので、ちょっとわかりにくいかもしれません。
写真はお店のスタッフのシアンさんと、燦然と輝くお店自慢のイタリア製エスプレッソマシーン。シアンさんはお客と話をするのが大好きで、暇になると僕の席までやってきて、あれこれ世間話をしていきます。
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また会う日まで
二週間ほど前、滞在中のゲストハウスの近所に住んでいた一人の老人が亡くなりました。80歳のご高齢だったそうです。遺体は一週間ほど自宅に安置されて僧侶たちによる供養が行われた後、先週の日曜日、荼毘に付されました。僕は亡くなった方とは一度もお会いしたことがないのですが、ラダックの葬儀がどのように行われるのか見学したかったこともあり、デチェンさんたちと一緒に弔問に伺いました(以下、今回は写真はありません)。
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結婚式
7月19日、ラダック在住のチベット人、テンジン・クンガさんと、友人の陌間香里さんの結婚式に行ってきました。式にはクンガさんの親族や知人のほか、日本から香里さんと一緒にやってきた友人の方々も参列しました。
朝訪れたチョグラムサルにあるクンガさんの実家の玄関には、鮮やかな花を水に浮かべた器が置かれていました。
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ゴンチェをオーダー
ラダックに滞在するようになってはや一カ月になりますが、まだろくすっぽラダック語も理解できない状態。とりあえず、見た目だけでもラダッキに近づこうと思って(笑)、ゴンチェというラダックの民族衣装であるウール製のロングコートを買うことにしました。
いや、実は、このブログにも時々コメントを寄せていただいているkaoriさんが、ラダック在住のチベット人の方と来月ご結婚されることになり、その式に呼んでいただいたので、だったら盛装でいこうかなあ、と。
ゴンチェはレディメイドで売っているものもたくさんありますが、せっかくの機会だし、仕立て屋で採寸してもらってオーダーすることにしました。とはいえ、どこの仕立て屋がいいのかさっぱりわからないので、宿でデチェンさんに聞いてみたところ、「いい仕立て屋を知ってるから任せなさい!」と言われ、連れて行ってもらうことに。
そうして案内された仕立て屋は、レーのメインバザールの裏手にあるムスリム街(パン屋がいっぱいあるところ)の二階にある、看板も何もない薄暗い一室。中には一台の使い込まれたミシンと、壁から吊るされた完成した服の数々。ぼそぼそと小さな声でしゃべるその仕立て屋さんは大人気の方らしく、採寸メモにはものすごい数のバックオーダーが。でも結婚式にはぎりぎり間に合うようで、ほっとしました。
次はウールの生地選び。メインバザールのとある生地屋で、いろいろな布を見せてもらいました。ラダッキはこげ茶色のゴンチェを着ている人が多いのですが、そこはあえて外して、ダークグレーの渋い色をチョイス。肌触りもなかなかでした。
あとは腰に締める帯選び。これは単色の物や絞り染めのような柄物など、いろいろな種類があるので、すぐに決めずにいろいろ見て回ることにしました。
そんなこんなで始まった「見た目からラダッキ化」計画ですが(笑)、ゴンチェが完成したらまたご紹介します。
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スピトク・ゴンパ
ここ最近の僕が何をしているのかというと、レーからローカルバスで日帰りできる場所にあるゴンパを訪ねて、写真を撮ったりしています。というわけで、これまでに訪れたいくつかのゴンパを紹介したいと思います。
最初に紹介するのは、スピトク・ゴンパ。レーから車で30分ほどのところにある、ゲルクパという宗派のゴンパです。レーからは30分おきくらいにミニバスが走っています。バスで到着するのはゴンパの北側ですが、このゴンパの外観が美しいのは南側の方だと思います。無数の僧房が連なる様は、かなりカッコイイです。
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ラダック・シネマ・パラダイス
昨日、レーのポログラウンド脇にあるホールでラダックの映画が上映されると聞いたので、見に行ってきました。まだラダック語は全然わからないのでどうなることやらと思いましたが、以前知り合ったラダッキの女の子が、隣の席でちょこちょこ英語で解説してくれたので、何とか話についていくことができました。
上映されたのは、「ミクチュ」という映画。「ミク」は目、「チュ」は水なので、「涙」という意味の題です。幼い頃に母を亡くした少年が、継母にいじめられながらも成長し、義理の弟との絆を深めながら、愛する女性と結婚し、幸せになる‥‥という、「おしん」みたいなお話。制作も出演も、すべてラダッキによる映画です。
驚くなかれ、上映時間はなんと2時間30分。休憩時間が入るほどの長い映画でした。なぜかというと、話自体はシンプルなんですが、途中でミュージカルシーンがフルコーラスで、何度も何度もインサートされるのです。これがとにかく長い。ストーリーを忘れかけた頃にようやく音楽が終わって、しばらく話が進むとまた‥‥という感じ。でも、どの曲もローカルバスの中とかでガンガン流れているので、きっとラダックでのヒット曲なんですね。
映画の技術的な話はともかく、ラダックの風景(シャクティのあたりらしいです)の映像は美しかったし、ラダッキのライフスタイルも結構描写されていたし、個人的には結構面白かったです。あと、観客の反応が楽しかった。笑いどころではみんなどっと大笑いしたり、愛の告白シーンではヒューヒュー歓声が湧き起こったり、リアクションが素直。「ニュー・シネマ・パラダイス」のワンシーンを思い出して、ほのぼのした気分になりました。
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レーの街
ラダックに到着してからいきなりファームステイに行ってしまったので、順番が逆になっちゃった感も否めませんが、ラダックで一番大きな街、レーの紹介をしたいと思います。
現在、レーには3?4万人の人が住んでいるそうです。ここはメインバザール。レー一番の目抜き通りで、ジェットエアウェイズのオフィスや銀行、本屋、雑貨屋、食料品店などが軒を連ねています。奥に見える城のような建物は、かつてのラダック王国の王宮、レーチェン・パルカル。
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こんなところに滞在しています
これまでにいただいたメールやコメントで一番多かった質問が、「ラダックで、どんなところに滞在しているんですか?」というもの。今回は、僕が今レーで拠点にしている場所を紹介します。
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到着!
- 2007年5月13日 16:54
- レー
ラダックの中心都市、レーに到着しました。空は雲ひとつない快晴で、白く燃えるような陽射しがガンガン降り注いでいます。ポプラや柳はすっかり緑を身にまとっていて、この土地の短い夏の訪れが近いことを感じさせます。
今日は日曜日で大半の店が閉まっていることもあって、レーの街はいつにもましてのんびりした雰囲気。メインバザールの周辺は取り壊し中の建物が多いですね‥‥。ぼろっちかった郵便局とか、びっくりするような真っ白い建物に変わっているし。
昨日の朝に自宅を出て、夜中にデリー到着後、国内線ターミナルのロビーで夜明かしして、早朝の便でレーへ。足かけ26時間の大移動だったので、ほとほと疲れました。宿でシャワーを浴びて少し仮眠を取ったので、今は元気ですが。
ここに来るまでに、すでに小さなトラブルが2件発生。1つは、成田から飛行機に乗る時に預けたザックにくくりつけていた三脚が、デリー到着時に行方不明に。ダメもとで空港内を探し回ったら、航空会社のカウンターに届けられていました。三脚カバーのストラップが切れてしまったせいでした。
もう1つは、今朝レーに到着して、泊まろうと思っていたゲストハウスに行ったら、留守で誰もいなかったこと。隣の家の人に聞くと、ゲストハウスを経営しているオーナー一家はティクセにある実家に行っていて、夜にならないと戻ってこないとか。困っていると、その隣の家の人たちがわざわざオーナーに電話をしてくれて(小さな女の子が電話番号を調べてくれました)、了解を取ったあと、彼らが預かっていたゲストハウスの鍵を僕に渡して、中に入って休んでいいということにしてくれました。
どちらのトラブルも、結果的にうまく解決してくれて一安心。やっぱり僕は、この土地との相性がいいのかもしれません。
これからしばらくの間は、身体を高地に慣らしたあと、レーを拠点にローカルバスを使って日帰りで回れるゴンパや村を訪ねて歩こうと思います。そのうち写真も載せますので、お楽しみに。
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