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写真 Archive

チティパティ・コレクション

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チベット仏教圏で行われるチャム(仮面舞踊)の祭りでしばしば登場するのが、チティパティ(屍陀林王)と呼ばれる骸骨の仮面です。「墓場の主」という意味を持つこの仮面は、かつては苦行僧だったそうで、祭りの時に悪霊を退散させる重要な役割を担うとされています。

ラダックやザンスカールの各地のゴンパで行われるチャムでも、チティパティはよく登場します(ラマユルやピャンなど、ディグンパの祭りには登場しないようですが)。地元のラダック人の間でも大人気(特に子供に!)のこのチティパティ、僕の手元にある写真のコレクションをひと通りご紹介しようと思います。

上の写真は、マト・ナグランに登場したチティパティ。きりっと引き締まった顔立ちで、シリアスな舞いを踊っていました。

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リンシェの村の未来ちゃん

2012年になりましたね。今年もこのブログ「Days in Ladakh」をよろしくお願いします。

去年、日本で大人気だった写真集に、川島小鳥さんの「未来ちゃん」という本がありました。あの、何とも言えないカワイイ顔立ちの未来ちゃんを思い出すような女の子に、去年の夏、ザンスカールのリンシェで会いました。

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最初にカメラを向けた時、あまりのキンチョーにこんなスゴイ顔になっちゃったんですが‥‥(笑)。

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あれこれ話しかけているうちに、こんなにもイイ笑顔を見せてくれました。元気でね、リンシェの未来ちゃん。

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子供の写真を撮る時は‥‥

  • Posted by: yama_taka
  • 2011年12月17日 02:41
  • 写真 | 雑記

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ラダックやザンスカールを旅していると、たくさんの子供たちに出会います。みんな、澄んだ瞳にこっちの顔が映り込むくらいに顔を寄せてきて、ニコッ、と最高にイイ笑顔を見せてくれます。写真をやっている人なら、いや、そうでない人にもたまらないくらいフォトジェニックな被写体なのですが、いざ撮ろうとすると、割と大変。カメラを向けたとたん、緊張して石みたいにカチコチになったり、こっちの言うことをまったく聞いてくれずに、好き勝手に暴れまくったり。なかなか手強いです‥‥(笑)。

別にラダックに限ったことではないですが、子供を狙った通りのイメージで撮るなんて、僕には絶対無理(笑)。僕の場合、「みんなで撮ろうよー」「今度は一人ずつねー」くらいは言いますが、あとはもう好き放題にやらせて、一緒にバカ笑いしながら、パシャパシャ連写しまくってます。フィルム時代だと、枚数が気になってしまうので無理でしたけど。

カメラに緊張している子の場合は、いったんファインダーから顔を外して、笑顔であれこれ話しかけて笑わせたり、割とよく使う手っ取り早いやり方では、「ほら、ジュレーって言ってごらん」と言って、その子が「ジュレー」と言った瞬間に、パシャシャッと撮ったりしています。

カメラを持ってはいるけれど、子供たちと同じレベルで一緒に遊んでしまう。僕にはそういう撮り方が合っているようです。

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サニ・ゴンパ

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まだまだ続くゴンパ紹介シリーズ、今回は、ザンスカールの古刹、サニ・ゴンパです。のどかな村の中の平地に建つこの小さな僧院は、ラダック・ザンスカールでも一、二を争うほど古いゴンパだと伝えられています。パドゥムの町からは5、6キロ程度で、ジープをチャーターするのが一般的ですが、時間があれば、歩いても行けなくはないです。僕は実際に歩いて行きました(笑)。

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スタクナ・ゴンパ

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スタクナ・ゴンパは、広大なティクセ村の南外れに位置するスタクナ村にあるゴンパです。マナリ方面から陸路でレーに向かっていると、一番最初に至近距離で出会うゴンパでもあります。岩山に屹立するそのストイックな佇まいから、観光客にも人気のあるゴンパです。

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チェムレ・ゴンパ

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この間、チェムレ・アンチョクというお祭りについてツイートしていた時、「そういえば、チェムレ・ゴンパについてこのブログで紹介したことがなかったな‥‥」と思い出し(汗)、遅まきながら写真をアップすることにしました。

ラダックのゴンパというと、ティクセやヘミス、アルチ、ラマユルといったあたりが有名ですが、それ以外にも素晴らしいゴンパは各地にたくさんあります。中でもチェムレは、特におすすめの場所の一つ。レーから南東にバスで二時間ほど行ったところにある、シャクティの村の少し手前に位置する村とゴンパです。

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洪水のその後

  • Posted by: yama_taka
  • 2011年10月27日 00:16
  • 写真 | 雑記

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2010年8月にラダックを集中豪雨が襲い、約600人もの死者・行方不明者が出る惨事が起きてから、一年と少しが経ちました。今年の夏のラダック取材のさなかにも、洪水の爪痕は至るところで、ありありと目につきました。復旧が進んでいる場所がある一方で、まだまだ立ち遅れているところもあり、こうした僻地での災害からの復興の困難さを痛感しました。

写真は、レーのメインバススタンドの上手、激しい土石流が流れ込んできた場所。土石流はバススタンドと電話局、ラジオ局などを襲い、あわや病院まで飲み込んでしまうところでした。

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ザンスカールからラダックへ(後編)

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ハヌマ・ラを越えて数時間後、僕はリンシェの村に辿り着きました。麦の刈り取りはほとんど終わっていましたが、それでもところどころで、黄金色の麦畑がさらさらと風にそよいでいました。リンシェ、本当に美しい村です。

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ザンスカールからラダックへ(前編)

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9月初旬、ザンスカールでの取材の仕事を終えた僕は、ザンラの村に移動し、そこからトレッキングでラダックまで戻ってくることにしました。ザンラでは、以前チャダルの時にもお世話になったザンラ王家の末裔の方々が住むザンラ・カルに泊めていただきました。カルザン君、どうもありがとう。

写真の男の子とは、ザンラ・カルの近くで出会いました。「写真を撮って!」というので、パチリ。

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  • Posted by: yama_taka
  • 2011年9月28日 15:06
  • 写真 | 雑記

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早いもので、2011年のラダック滞在も残りわずかとなりました。9月30日朝の飛行機でデリーに飛び、10月2日朝には東京に戻る予定です。

当初、取材のために予定していた滞在期間は、7月と8月の約二カ月でしたが、7月末に父が急逝したために一時帰国していた関係で、ここまで引っ張る結果となりました。インドの観光ヴィザの二カ月間再入国禁止ルールを突破できたのも、再開した取材がびっくりするほどスムーズに進んだのも、ひとえに日本やラダックの関係者や友人・知人の方々のおかげです。本当にありがとうございます。

8月末にラダックに戻ってきた時、僕のモチベーションは正直、高いとはとてもいえない状態でした。父の死によって胸の奥にぱっくり開いた生傷を抱えたまま、仕事の責任を全うするという義務感のようなものにかられながら、カメラのシャッターを押し、ノートにペンを走らせていたような気がします。

でも、ラダックやザンスカールの取材を通じて大勢の人々の親切や助けに支えられ、ノルブリンカ・ゲストハウスの次男ジミの結婚式では、僕にとってラダックで一番近しい人たちが本当に幸せそうな笑顔を浮かべているのを目の当たりにして、やっぱりラダックに戻ってきてよかった、と心の底から思えるようになりました。

最近になって、よく思い出している言葉があります。僕が「ラダックの風息」の一番最後の部分で書いたものなのですが、こんな言葉です。

「時には、大切にしていた絆が、どうにもならない強い風に引きちぎられてしまうこともある。でもそんな時は、きっとほかの絆が支えてくれる。つなぎ止めてくれる。そして人はまた立ち上がって、前を向くことができる。」

ラダックでの足かけ一年半にわたる滞在の中で書いたこの言葉の通り、僕は今、ラダックで、日本で、本当にたくさんの人々との絆に支えられているのだ、と感じています。友人・知人の方々だけでなく、このブログやTwitterやFacebookなどを通じて、励ましのコメントをくださる方々も含めて、すべてが僕にとって大切な絆です。

みなさんからの支えを力に変えて、いい本を作り上げることに全力を注ぎ込みたいと思います。がんばります。

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ジミの結婚式

  • Posted by: yama_taka
  • 2011年9月19日 15:45
  • レー | 写真

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9月16日、ノルブリンカ・ゲストハウスの一家の次男ジミ(ジグメット・スタンジン)の結婚式が行われました。式の当日、僕は結婚式の一部始終を記録する写真撮影担当として、てんてこまいであちらこちらを右往左往していました(笑)。

結婚の儀式が本格的に始まったのは、夜の八時を過ぎてからでした。ラダックの結婚式は、家から家へと移動する行為そのものが、儀式の重要な要素となっています。昔はもちろん馬に乗って移動したわけですが、今はご覧のように、美しく花を飾りつけた車を先頭に、何台もの車を連ねて花嫁を迎えに行きます。

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バルダン・ゴンパ

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バルダン・ゴンパは、ザンスカールのパドゥムから南東に少し行ったところにある僧院です。パドゥムから歩くのはちょっとしんどいので、ジープをチャーターしていくのが一般的ですね。川岸にそびえる高さ数十メートルの岩塊の上に建てられた、勇壮なゴンパです。

僕が訪問した日は、ゴンパ内の僧侶が全員出払ってしまっていて、中に入れずに途方に暮れていたのですが、別のゴンパから来た二人の若い僧侶が、どこからか鍵を見つけ出してきて、僕を中に案内してくれました。本当にツイてました......。

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カルギルからザンスカールへ

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8月末日、僕は取材を終えたカルギルから、ザンスカールのパドゥムに向かいました。いつもの僕なら間違いなくシェアジープかバスを使うのですが、今回は途中の道すがらを撮影する必要があったので、ジープをチャーター。僕にしてはかなり贅沢な(笑)旅路の始まりです。

朝の5時にカルギルを出発し、暗闇の中をまっしぐらに走り続けること2、3時間。パニカルの村にさしかかったあたりで、標高7000メートルを越えるヌン・クン山塊が、朝の淡い光の中に現れました。

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カルギルという街

  • Posted by: yama_taka
  • 2011年9月16日 14:30
  • 写真

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カルギルという街とは、僕はどうも相性が悪いようです。今までに二回訪れて、二回ともラマダーン(断食月)にぶち当たったとか(苦笑)、そういうめぐり合わせの悪さもあるのでしょうが、あの街、どうも落ち着かないのです。一刻も早く出たくなってしまう。僕も一応、世界のいろんな国のいろんな街を旅してきましたが、その中でも一、二を争うくらい、居心地が悪いと感じてしまう街です。どうしてかなー、とその理由を考えてみました。

カルギルの街では、上の写真のように、普通の車道でも人々が道幅いっぱいに膨らんでぶらぶらと歩いているのが特徴です。こんな状態だと車はまともに進めないので、いらいらしてクラクションを鳴らしまくります。それでも人々は避けない。さらにクラクションが鳴らされる......。結果としてカルギルの街では、朝から晩までそこらじゅうでクラクションがひっきりなしに鳴り響いている、というわけです。そりゃ、居心地も悪いですよね(苦笑)。街の中で、手や足にギプスをはめてる人をよく見かけたのも、さもありなんという感じです。

まあ、行かないですむなら、できるだけ行きたくないですね、あそこには。

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ムルベクの磨崖仏

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ラマユルからさらに西、フォトゥ・ラを越えてカルギルに向かう街道の途中に、ムルベクという村があります。ここには、街道沿いの目立つ場所に、そそり立つ岩山に彫られた高さ10メートルほどのチャンバ(弥勒菩薩)の像があります。ムルベクの磨崖仏として有名な像です。

この磨崖仏は、ラダックの他の地域で見られる仏像とは違う、カシミール様式のものです。リンチェン・サンポがカシミールから連れ帰った仏師や絵師がアルチ・チョスコル・ゴンパなどを建立した時代よりも、さらに遡るのではないかと言われています。どこかなまめかしい四臂の姿が印象的ですね。

ムルベクという場所、この磨崖仏を見るためだけにバスを途中下車して一泊するには、ちょっとしんどい場所かもしれません。カルギル方面に向かうジープをチャーターした際に立ち寄るか、さもなければカルギルから日帰りで訪れるといいのではないでしょうか。

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ラマユルへのもうひとつの道

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レー方面からラマユル・ゴンパに向かう時、カルツェから先はたいてい、川沿いに近い平坦な道を行く方がほとんどだと思います。でも、それとは別に、もうひとつの道があることをご存知の方は、どれくらいいるでしょうか?

今ではあまり使われなくなったもうひとつの道は、「ジャレービー・カーブ」などという名で呼ばれているもので、目もくらむような断崖をクネクネと曲がりながら上っていく細い道です。この道をたどって進むと、ラマユル名物のムーンランドも、ご覧のように崖の上から見下ろすような形で眺めることができます。

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ミラズ・ハウス

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ティクセの村の中でスタクナ・ゴンパにほど近いランビルプールという地区にあるゲストハウス、ミラズ・ハウスを訪ねてきました。ツェワン・チンレイさんと奥さんの寺下裕子さんが経営されているゲストハウスで、周囲にはとてものどかな風景が広がっています。

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ヌブラの果て、トゥルトゥクへ

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7月22日から24日にかけて、ラダック北部に位置するヌブラの取材に行っていました。今回の最大の目的は、去年から外国人の入域が許可されたばかりの村、トゥルトゥクを訪ねることです。

フンダルの先の橋を渡り、どこまでもついてくるシャヨク川沿いの道を、北西に向かって進みます。進むにつれ、両岸にそびえる山々がぐんぐんと迫ってくるのは、なかなかの迫力。途中には、スクル、ボグダン、チャルンカといった村々と、数カ所のチェックポストがあります。

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パンゴン・ツォへ

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7月19日、20日の二日間、ラダック東部のパンゴン・ツォを取材してきました。この湖を訪れるのは初めてではないのですが、去年から外国人の入域が許可されたばかりの地域にある、マン、メラクといった村に行くのが今回の目的です。

標高五千メートルをはるかに越える峠、チャン・ラ。レーで高地順応ができていても、この高さになるとまた高山病になる人も少なくありません。

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にゃむしゃんの館

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ジンチェンからストクまでの二日間のトレッキングを終えた僕は、同行者の池田悦子さんとワンボ君がお住まいの古民家「にゃむしゃんの館」に一泊させていただくことになりました。ワンボ君のご実家が所有していたこの家は、この界隈で一番古い家屋だったそうですが、悦子さんたちとTibet Heritage Fundによって修繕され、今年からお客さんがホームステイできるようになりました。

ちょうどこの時期、家の前の畑では、菜の花が満開です!

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ジンチェンからルムバク、ストクへ

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7月14、15日の二日間、ストク在住の池田悦子さんと、ご主人のスタンジン・ワンボ君と一緒に、ショートトレッキングをしてきました。スピトクから山奥に入ったところにあるジンチェンという集落から、ルムバクという村で一泊した後、ストク・ラという標高約4900メートルの峠を越え、ストクに至るというルート。ルムバクではワンボ君の親戚の方のお宅に泊めていただくので、装備も必要最小限のものだけにして、いざ、出発。レーからスピトク、ジンチェンまでは、歩いても全然面白くないルートなので、さくっと車で移動してしまいます。

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笑っていたい

  • Posted by: yama_taka
  • 2011年7月 7日 19:45
  • 写真 | 雑記

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ナムギャル・ツェモの頂上から。うれしい時も、つらい時も、いつもこの空を見上げていました。

ラダックでの日々を過ごしはじめてから、自分はよく笑っているなあ、と感じます。なぜだか自分でもよくわからないのですが、こっちの友人たちと話をしていると、何の気兼ねもてらいもなく、心の底から笑える気がするのです。

もちろん、日本にも僕にとって大切な人は何人もいるのですが、今年の前半は特に、震災があったり、仕事でいろいろと煩わされることが多かったりで、友人たちとの語らいでは相殺しきれない、目に見えない澱のようなものが、自分の中にたまっていたのだと思います。笑いたくないのに笑顔を見せなければならなかったり。怒りたくないのに自分を守るために怒らざるをえなかったり。それってやっぱり、自然ではないですよね。

ラダックの青空と、ここで暮らしている大切な人たちが、僕に当たり前の自分を思い出させてくれたような気がします。笑えるなら、笑っていたい。

以前、真冬のチャダルを旅している時、ハヌミルという村で会った老婆は「あんたは、ものすごくいい笑顔で笑うわねえ」と言ってくれました。そんなことは生まれてこのかた言われたことがなかったので、僕は本当に照れて真っ赤になってしまったのですが、その時と同じような笑顔を、僕はまた取り戻せるのでしょうか。

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学校帰りの子供たち

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この写真は、たしか今まで公開したことがないんじゃないかと思いますが、昨日、加工したバージョンをInstagramにアップしたら思いのほか好評だったので、気を良くして(笑)、元の写真をこちらにアップしておこうかと思います。

これを撮ったのは、2007年春のシャクティ。ツェリン・ナムギャルの家で畑仕事を手伝っていた僕は、半日の休みがあった時に、家から歩いて30分ほどのところにあるタクトク・ゴンパを撮影しに行きました。ところがその日は、お堂の鍵を持っているお坊さんが留守で、撮影は見事に空振り。やれやれ‥‥と思いながら歩いていた時に出会ったのが、学校が終わった後にスクールバスが来るのを待っている、この子供たちでした。

この頃の僕はまだラダックに来たばかりで、言葉もままならなかったし、何より、自分が何を書けばいいのか、何を撮ればいいのかもわからずに、右往左往していたように思います。そんな僕に、こういうほっとするような写真を撮らせてくれた、この子たち。よーく見ると、みんなこっちを見て笑ってるんですよね(笑)。元気にしてるかな。何だか懐かしいです。

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渺茫と広がる荒野の中で

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2010年の夏、ラダック南部に位置する山岳地帯、カルナク地方を旅していた日々。標高5000メートルを越える幕営地で集中豪雨に見舞われ、増水して激流と化したカルナク川の危険な渡渉を何度もくりかえして、僕とメメレ(ホースマンのじいさん)はようやく安全地帯へと脱出。標高4950メートルのヤル・ラという峠の手前でキャンプを張っていました。

翌朝、僕はテントから外に這い出て、冷え切った空気を吸い込み、近くの水場に顔を洗いに行きました。東の稜線から、透き通るような朝の光が射し込んできて、目の前に渺茫と広がる荒野を照らしていました。

テントに戻ってくると、チャイを淹れる支度をしていたメメレが立ち上がって、荒野の彼方を指さしました。

「ノノ、見ろ‥‥。キャンだ」

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メメレの指す先には、一頭のキャン(チベットの野生のロバ)が、ぽつんと佇んでこちらを見つめていました。

お前は、どこから来たのか。
なぜ、ここにいるのか。
これから、どこへ行くのか。

あの時、僕はそのキャンに、そう問いかけられたような気がします。

ラダック・ザンスカールの山の中に分け入っていく旅を何度かくりかえすうちに、僕の中では、自然に対する畏敬の念のような感情が次第に強まっていきました。ラダックの自然の圧倒的な美しさに感動を覚えつつも、同時にその自然は、ちょっと気まぐれを起こせば、僕の命など簡単に奪い去ってしまうほど強大な存在であることも痛感するようになりました。

でも、そうして自分という存在のちっぽけさを思い知らされながらも、この日の朝のように美しいキャンと出会った時のことを思い出すと、ぞくっ、と身震いがして、また、あの渺茫と広がる荒野の中に歩いていかずにはいられなくなるのです。たぶんそれが、僕がラダックという場所に戻ろうとする理由の一つなのだと思います。

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心が折れてしまわないために

  • Posted by: yama_taka
  • 2011年3月14日 19:59
  • 写真 | 雑記

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海外メディアに「日本最悪の日」と報じられた東北関東大震災が発生して、四日が経ちました。次第に明らかになってきた被災地の凄惨な状態と、刻々と膨れ上がっていく死者・行方不明者の数。数十万人に上る被災者の方々が直面している困難な状況を考えると、胸が抉られるような思いです。また、被災地で不眠不休で救助活動をされている方々、そして危機に瀕している福島の原発で被爆の恐怖と戦いながら懸命に作業を続けている方々に、今はすべてを託してお願いするしかないというのが、本当に心苦しく感じられます。

被災地でない安全な場所にいる僕たちに、いったい何ができるのか? 今の段階では、めいめいが勝手に物資を送りつけたり、ボランティアとして押しかけたりするのは、救助活動の邪魔にしかなりません。ドライな言い方かもしれませんが、日本赤十字社や各地の地方新聞社などのしかるべき窓口に義援金を募金するのが、もっとも適切な支援方法です。救援組織のプロフェッショナルの方々が最大限に力を発揮して活動できるようにするには、何にでも変えられる現金が一番役に立つのです。

義援金以外に、自分たちに何かできることはないのか? 僕は、「課せられた不自由の範囲で、できるだけいつも通りに生活すること」なのではないかと思います。今なお続く余震や、停電による交通網の混乱、物資の不足、絶え間なくテレビに映し出される凄惨な映像など、僕たちの不安感を煽る要素は、今、身の回りにありすぎるほどあります。確かに、亡くなった方を悼む気持や被災者の方々への同情はけっして忘れてはならないものですし、不測の事態に備えることも重要です。ただ、あまりにもそういったマイナスの感情を溜め込みすぎると、被災地でない安全な場所にいる人でも、ぼきっ、と心が折れてしまうことがあるのです。

僕自身、去年の夏にラダックで洪水被害に遭った時、本当に心が折れてしまいそうになりました。長い間慣れ親しんだかけがえのない場所が、途方もない規模の土石流によって無残に変わり果てているのを目の当たりにした時。何百人もの人々が土砂に呑み込まれたまま見つからないでいる被災地の状況を日本に伝えるため、僕はカメラを手に取材をして回らなければなりませんでした。どうして自分はこんなことをしているんだろう? 自分は、こんな悲しい写真を撮るためにラダックに来たのか? 何もできないくやしさで、僕は、やりきれない、いたたまれない思いにずっと苛まれていました。

でも、そんな僕をほっとさせてくれたのは、被災者であるはずのラダックの人々。ノルブリンカ・ゲストハウスの一家をはじめとするかけがえのない友人たちでした。彼らだって、また起こるかもしれない集中豪雨への恐怖に怯えながら、被災地での救助活動や食糧・物資の確保に奔走して、毎日くたくたになっていたのです。でも、電気の来ない暗い台所で、ランタンの灯を囲みながら、みんなでごはんを食べ、他愛のない話で笑いあう。そういった時間をほんの少しでも彼らと感じることで、本当に救われた気がしました。

これから僕たちは、長い間、今回の地震の被災地の人々を、さまざまな形で支え続けていかなければなりません。その支えていく側の僕たちが、ぼきっと心が折れているようでは、何もできません。まずは、計画停電や物資不足といった状況を冷静にふまえながら、自分と自分の大切な人たちの普段の生活をきちんと守る。その上で、節電対策や義援金といった、自分たちにできる支援をしていく。それが今、僕たちがやるべきことなのではないかと思います。

地震が起こった後、ラダックからたくさんの友人たちがメールを送ってきてくれました。「タカ、大丈夫か? ラダックでみんな心配してるぞ。俺たちに何かできることはないか?」と。

大丈夫。僕たちなら、きっとやれます。

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手紙

  • Posted by: yama_taka
  • 2011年2月20日 23:52
  • 写真 | 雑記

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先日、仕事でちょっと、いや、かなり嫌な思いをしました。

それは、ラダック関係のある書籍に写真を提供する仕事だったのですが、出版元の不誠実な対応が重なって、結局、こちらでゲラのチェックもまったくさせてもらえないまま、その本は発売されてしまいました。先方の誠意のなさにも失望したのですが、それ以上に、自分が骨身を削って撮った写真たちを最後まできちんとチェックして送り出せなかったこと‥‥本当の意味での作り手の真心がこもっていない本にさせてしまったことで、その本の読者になるかもしれない方々に対して、心底申し訳ない気持になったのです。

昨日の夜はかなり気分がささくれていたのですが、ふと、自宅の本棚に置いてあった手紙の束に目が止まりました。それは、僕が書いた「ラダックの風息」を読んでくださった読者の方々から送られてきた手紙の束でした。ひさしぶりに、僕はそれを読み返してみることにしました。

沁みました。本当に。ささくれていた心に、いろいろな、大切な気持が甦ってくるような気がしました。

これまでに僕は、手紙だけでなく、メールやブログのコメント、ミクシィやTwitterでのメッセージなど、たくさんの読者の方々から、読後の感想をいただいてきました。それらはすべて、僕にとっての励みであり、反省材料であり、かけがえのないものです。僕のような見ず知らずの人間に対して手紙やメールを書いていただくこと自体、大変な労力だと思うので、本当にありがたいことです。

本を書くということは、宛先のない、長い手紙を書くようなものなのかもしれません。何度も消しては書き直した、誰に届くのかもわからない手紙。でも、そんな手紙に、返事を書いてくれる人がいる。ささやかなものかもしれないけれど、大切な気持のやりとりができる。たぶんそれが、本を書くということの意味なのでしょう。

でも、その本に作り手の真心がこもっていなければ、そうした気持のやりとりも、どこかしら嘘になってしまいます。少なくとも、自分が書く本は、けっしてそんなものにしてはいけない。これからの人生で、あと何冊の本を作れるかわかりませんが、読者の方々に胸を張って届けることのできる「手紙」を書くつもりで、一冊々々、真心を込めて作っていきたいと思います。

たくさんの「手紙」を届けてくださったみなさん、ありがとうございました。

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ツァツァ

  • Posted by: yama_taka
  • 2011年2月 6日 13:28
  • 写真 | 雑記

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チベット文化圏での葬儀というと、遺体を鳥に与える鳥葬がよく知られていますが、ラダックにはそういった風習はなく、火葬が一般的に行われています。村外れの空き地などに点々とある、土で作られた四角い箱のようなものを見たことはないでしょうか? あれがプルカンと呼ばれる火葬場です。レーの街では、シャンティ・ストゥーパの周辺に少しと、ラムドン・スクールの手前の山の斜面にいくつかありますね。

ある人が亡くなると、僧侶たちによって法要が行われ、白布にくるまれた遺体をプルカンに入れ、数日をかけて荼毘に付します。遺灰の大半は山に撒いてしまうので、日本でいうお墓のようなものはラダックには存在しません。ただ、一部の遺灰は、写真のような小さな素焼きの容れ物、ツァツァに入れて、村にあるチョルテンの内側に収めます。

以前、スムダ・チュンという小さな村を訪れた時、ゴンパの裏にあるチョルテンの内側を何の気なしに覗き込んだら、えっ、と思わずのけぞるほど大量のツァツァが収められていて、びっくりしたことがあります。この数軒しか家のない村で、これだけの数のツァツァがここにあるということは、いったい、どれくらい前に遡るのか‥‥。もはや、どれが誰なのかすらわからない状態でした。

輪廻転生を固く信じるラダックの人々にとって、こうしたツァツァの存在は、我々日本人がお墓に対して感じているほど重要なものではないのかもしれません。でも、訪れた先で時折このようなツァツァを見かけると、遠い昔から信仰とともに生きてきた人々の記憶に、ほんの少しだけ触れられるような気がします。

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二つの世界の狭間で

  • Posted by: yama_taka
  • 2011年1月22日 23:32
  • 写真 | 雑記

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1月22日(土)、広尾で開催されたジュレーラダックのイベントに行ってきました。今回のイベントでは、昨年ジュレーラダックが実施したスタディツアーやファームステイプログラムに参加した方々からの報告が披露されたのですが、みなさんがそれぞれの視点でラダックの有り様を捉えていたのが、とても興味深かったです。

報告会のトリを務めたのは、去年の夏、ザンスカールの手前にあるハヌパタという辺鄙な村で四カ月間ステイしていた、京都在住の大学生の女の子。ラダックでは本名の代わりに「リグジン・アンモ」と呼ばれていて、今ではそれがすっかり定着してしまいました(笑)。

複雑で時に窒息しそうになる日本の社会と、ある意味で対極に位置するラダックのシンプルな社会。それを体験することで、これからの自分の道を考えてみたかったというのが、彼女がハヌパタに向かった理由でした。僕は去年の夏にレーでアンモレと会っているのですが、田舎暮らしで身体中を南京虫に刺されまくりながらも、持ち前のバイタリティと屈託のない笑顔で、彼女はすっかりラダックの人々に溶け込んでいたように思います。村人に「俺の嫁になってくれ」とも言われたらしいです(笑)。

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カルナクの旅(4):ダト〜ディブリン

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ダトの近くの湿原で幕営した夜は、このトレッキングで初めてぐっすり眠ることができました。翌朝はひさしぶりによく晴れた、気持のいい朝。出発してしばらく歩いていくと、谷が開け、見渡すかぎりの平原が広がっていました。

二時間歩いても、三時間歩いても、周囲の風景はまったく変わっていないように思えてきます。僕はカメラバッグを担いで、ひーこら言いながら歩いているのですが、メメレはいつものように自分専用の馬にまたがって、のんびりと手綱を握っているのでした。

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カルナクの旅(3):ツォクラ〜ダト

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増水した川に行手を阻まれた翌日、僕たちは午前5時に起きて、空が白んでくるのと同時に出発しました。早朝から午前中にかけての時間帯は、川の水量が比較的少なくなるからです。怖がる馬たちをなだめながら、どうにか渡り切ることに成功。でも、ほっとしている暇はありません。この日は、今回の旅の中でも一番難しい行程だからです。

早足で先を急いでいると、やがて、岩と岩の裂け目の下に川が流れている場所が現れました。裂け目の間には、長さ数メートルほどの小さな橋がかかっていました。

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カルナクの旅(2):シャン・スムド〜ツォクラ

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カルナク地方を往くトレッキングは、8月4日の早朝からスタートしました。初日は、マルカ谷のトレッキングの終点だったシャン・スムドを出発し、標高5130メートルの峠、ゴンマル・ラの少し手前にある小さなキャンプサイトで幕営。夜は激しい雷雨に見舞われましたが、翌朝にはどうにか天候も回復しました。

二日目は、ゴンマル・ラを越えてニマリンまで下り、そこから標高6400メートルの高山カン・ヤツェを目指してひたすら歩きます。写真で左前方に見えるのがカン・ヤツェ。方向感覚を失ってしまいそうな高原のところどころに、目印の小さな石塚がありました。

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カルナクの旅(1):メンバー&基本情報

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・カルマ・ダゲイ
チョグラムサル在住のチベット人、70歳のメメレ(じいさん)。以前カルナクを旅した経験があるということで、今回、ホースマンとして協力してもらうことになりました。馬を扱う腕は‥‥イマイチ(途中で何度「ノノ! ヘルプミー!」と言われて馬を引く手伝いをしたことか)。料理の腕は‥‥さらにイマイチ(「料理? ノノ、お前が作れ」と言われた)。あわて者でおっちょこちょいで、トホホな思いをさせられることもしょっちゅうでしたが、何だかんだで憎めない、気のいいメメレ。今となっては、あの苛酷なカルナクの旅をともに切り抜けた、かけがえのない仲間です。

・カルナクのトレッキングの基本情報
カルナクは、ザンスカールとルプシュとの間に挟まれた、主にカルナク川沿いに連なる渓谷地帯です。トレッキングルートとしてはマイナーで、比較的開けた南部の方では、ラダック系の遊牧民が家畜たちとともに暮らしています。村らしい村はほとんどないので、事前にすべての食料を用意しておく必要があります。

途中で5000メートル級の峠越えがいくつかあるほか、川を渡渉しなければならないポイントも多いのですが、晴天時であれば、それほど難易度の高いルートではありません。ただ、カルナクの最深部、何本かの川が合流しているあたりでは、五、六度、連続して川を渡渉しなければならない、かなり難しい地点があります。適切な渡渉ポイントを見極めるためには、地元に精通したガイドに案内してもらうことが必要不可欠。川の流れもかなり速いので、単独行は危険です。

今回の僕の旅では、ただでさえ面倒な川の渡渉ポイントが、ラダック各地で洪水を引き起こした大雨のせいで、さらに難しくなってしまっていました。川を渡る時は、馬で手いっぱいのメメレをあまりアテにすることもできなかったので(苦笑)、よくもまあ五体満足無事で帰ってこられたな、と今さらながら思います。

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写真展「ラダック、僕が戻る場所」

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以前からちらっとお知らせしていましたが、10月15日(金)から11月28日まで、ラダックをテーマにした写真展を開催させていただくことになりました。

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ラダック洪水被害復興支援企画/山本高樹 写真展
「ラダック、僕が戻る場所」

行きたい、と思える場所がある。会いたい、と思える人がいる。
「ラダックの風息」の著者が二年ぶりに訪れた、空果つる地、ラダック。
崇高なまでに美しく、そして苛烈な自然。そこで心穏やかに暮らす人々との邂逅。
私たちにとって大切な何かを思い起こさせる、ラダックの情景の数々をご覧ください。

期間:2010年10月15日(金)〜11月28日(日)
会場:リトルスターレストラン
   東京都三鷹市下連雀3-33-6 三京ユニオンビル3F
   TEL&FAX 0422-45-3331 http://www.little-star.ws/
時間:11:30〜24:00(土日祝12:00開店/日祝23:00閉店)
定休:月曜日(臨時休業や貸切の日もあるため、お店のサイトをご確認ください)
料金:無料(会場が飲食店なので、1品以上のオーダーをお願いします)

※会場では、2010年8月に発生したラダック洪水被害の復興を支援するための義援金の受付も行います。

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今回の写真展では、今年の夏にラダック各地で撮影してきた写真を中心にお見せしていこうと思っています。会場はレストランなので、ゆったりとごはんを食べがてら、ラダックの写真を見て楽しんでいただけるとうれしいです。

写真展の会場には、NGOジュレーラダックが募集しているラダック洪水被害復興支援の義援金を受け付ける募金箱を設置します。募金箱の近くには、僕が撮影してきた洪水被災地の様子を記録した写真のアルバムも置きますので、ご興味のある方はご覧になっていただけると幸いです。

ちなみに上の写真は、今回の写真展の告知のために制作した、ポストカードサイズのフライヤーです。紙も印刷もしっかりしているので、ちょっとしたカードとして飾っていただくのにもいいかなと思います。写真展会場のリトルスターレストランをはじめとした三鷹界隈のいくつかのお店のほか、今週末のナマステ・インディアと来週末のグローバルフェスタに出展するNGOジュレーラダックのブースでも配布する予定です。

このカード、去年「ラダックの風息」を出した時に開催した写真展の際も、別の写真で同じフォーマットデザインのものを作ったのですが、文字通りあっという間になくなってしまったので、ご希望の方はお早めに!

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ラダック洪水被災地フォトレポート(2):チョグラムサル編

  • Posted by: yama_taka
  • 2010年9月 8日 16:57
  • レー | 写真

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洪水被災地のフォトレポートの後半は、ラダックの中でも一番被害が大きかった、レー近郊のチョグラムサルを中心にご紹介します。

レーからチョグラムサルへと続く街道を下っていくと、「もっとも甚大な被害を受けた被災者のエリア」という旨の横断幕が張られていました。しばらく進むと、アスファルトで舗装された街道はいつのまにか土砂に埋もれてしまいました。

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ラダック洪水被災地フォトレポート(1):レー編

  • Posted by: yama_taka
  • 2010年9月 7日 00:30
  • レー | 写真

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東京に戻ってきて、ようやくブログに写真がアップロードできるようになりました。先月、ラダックの洪水被災地で撮影してきた写真を掲載していこうと思います。まずは、レーのバススタンド周辺の被災地から。

レーの街を直撃した土石流は、メインバザールの外れからバススタンドへと下っていく、右回りの急な坂道の途中のあたりに押し寄せました。まるで、何発も爆弾が落ちたかのような光景です。

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スムダ・チュン・ゴンパ

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スムダ・チュンは、下ラダックのザンスカール川沿いのスムダ・ドゥという村から、山道を歩いて二時間ほど登ったところにある村です。岩山の中腹にあるこぢんまりとしたゴンパのほかは、数軒の民家とわずかな麦畑があるだけの小さな村ですが、ここには、チベット仏教美術の至宝ともいえる存在が眠っているのです。

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ヌブラでの日々(2):村での暮らし編

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ダライ・ラマ法王のティーチングに参加するために訪れたヌブラでの滞在中、僕はデスキットにある一軒の民家に泊めていただくことになりました。写真の女性は、そのお宅の女性。チャキチャキとしたとても気風のいいお姉さんで、畑仕事から乳絞りまで、いろんなことを教えてもらいました。

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ヌブラでの日々(1):ティーチング編

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7月下旬、ダライ・ラマ法王が法要やティーチングのためにラダックのヌブラ地方を訪問されました。僕はNGOジュレーラダックのスタディツアーご一行に便乗させてもらう形で、一週間ほどヌブラに行ってきました。

写真は、デスキットに法王がいらっしゃる時に先導していたピックアップトラック。荷台にペラクをかぶった盛装の女性たちが乗っているのが新鮮です(笑)。

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マルカ谷へ(4):ハンカル〜シャン・スムド

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ホースマンのコンチョックさんのお宅で一晩お世話になった僕は、彼や馬たちとともに、再び山の中に分け入っていくことになりました。ハンカルの村を過ぎたあたりに、立派なマニ壇がありました。

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マルカ谷へ(3):スキウ〜ハンカル

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翌日の早朝、スキウを出発した僕たちは、マルカ川沿いの道を辿って歩き始めました。この谷には、至るところに古いチョルテンが残されています。長い年月を経て風化しているその姿に、昔の人々の敬虔な祈りを感じました。

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マルカ谷へ(2):スピトク〜スキウ

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マルカ谷は、ストク山系の南側に位置する渓谷地帯で、ラダックでももっとも人気の高いトレッキングルートとしても知られています。僕は今回、マルカ谷出身のホースマンのコンチョックさんと三頭の馬たちとともに、このルートに挑戦してみることにしました。

スタート地点は、レー近郊のスピトクから。ジープロードを歩いて山に分け入り、ジンチェン、ルムバク、ユルツェという村々を経て、4800メートルに達する峠、カンダ・ラ直下にあるベースキャンプに向かいます。

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マルカ谷へ(1):メンバー&基本情報

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・コンチョック・ザンパ
マルカ谷のドルトクリン村出身。奥さんと三人の子供がいて、長女は今、シェイにあるドゥクパの寄宿学校にいるそう。マルカ谷をホースマンとして行き来した経験は数知れず。地元出身の強みで、三頭の馬たちとともに僕の旅を力強くサポートしてくれました。

・マルカ谷トレッキングの基本情報
マルカ谷は、本格的なトレッキングルートとしてはラダックでもっともポピュラーなものです。今回の僕のようにスピトクからカンダ・ラという峠を越えてアクセスする方法のほか、チリンからザンスカール川を渡って直接マルカ谷に入る難易度の低い方法もあります。マルカ谷自体はフラットで非常に歩きやすいのですが、カンダ・ラとゴンマル・ラはいずれも標高5000メートル前後に達し、そのベースキャンプでの幕営は真夏でも氷点下に達するほど寒くなるので、寝袋やテントのほか、ある程度の防寒装備は用意しておく必要があります。

僕は今回、例によってホースマン一人と馬三頭という最小限の編成でトレッキングに臨みました。誰も雇わずに単独で荷物を背負っていく方法もありますが、場所によってはルートや川の渡渉箇所がわかりにくかったりするので、誰かと一緒に行動することをおすすめします。ルート上にはたくさんのキャンピングサイト(1日100Rs)があり、茶店もありますが、メギ(インスタントラーメン)程度しかないことが多いので、食料はあらかじめある程度用意しておきましょう。

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シェイ ブンスコル

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6月26日、シェイの村ではブンスコルと呼ばれる行事が行われました。ゴンパが所蔵しているカンギュール(経典)を村人たちが背負って外に担ぎ出し、僧侶たちとともに村の中を練り歩いて、人々に祝福を授けて回るという行事です。からりと晴れた空の下、数十人の村人たちがブンスコルのために集まりました。

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ヘミス・ツェチュ再び

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6月21日、22日は、ラダック最大の僧院、ヘミス・ゴンパでツェチュの祭りが開催されました。例年は大勢の外国人観光客が見物に来ることで知られているこの祭りですが、今年は座主のドゥクチェン・リンポチェがおいでになるということで、ものすごい数のラダック人が祭りの会場であるゴンパに押し寄せました。

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僕が戻る場所

  • Posted by: yama_taka
  • 2010年6月13日 13:20
  • 写真 | 雑記

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今年三月、西荻窪で開催されたラダックのグループ写真展の打ち上げの席で、ある人にこんなことを言われました。

「山本さんは、ラダックの話をしている時と、それ以外の話をしている時とでは、顔つきが全然違いますね!」

‥‥すみません。どうやら普段の僕は、相当に邪念と煩悩にまみれた顔つきをしているようです(苦笑)。

出発の日が近づいてきました。思わぬ高騰に悩まされていたラダックまでの航空券も割安なものを入手できましたし、係員の手違いを発端にもめにもめていたインドヴィザも、どうにか必要な有効期限のものを確保しました。実はまだ仕事が完全に片付いていませんが(汗)、これで約二年ぶりに、ラダックに戻ることができます。

ラダックに「戻る」。

その言葉が、今の僕の気持には一番しっくりきます。戻りたいと思える場所がある。会いたいと思える人がいる。それはたぶん、とても幸せなことなのではないか、と。

今度の旅で、何かものすごいことをやり遂げてやろうとは、実は全然考えていません。今までわかっているようでわかっていなかったこと、できているようでできていなかったことを、一つひとつ確かめながら、少しずつ積み重ねていこう。楽しいことばかりではなくて、苦しいことや悲しいこともあるだろうけど、そうして過ごした時間そのものが、きっと僕自身にとってかけがえのない記憶になる。今はそう思っています。

ラダック滞在中は、あっちこっちを走り回ってかなりバタバタしそうで、このブログもどのくらいの頻度で更新できるかわかりませんが、できるだけ現地の情報をお届けできればと考えていますので、よろしくお願いします。

では、「戻って」きます!(笑)

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小さな花

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僕がラダックで暮らしていた頃から、二年近くの月日が流れました。「ラダックの風息」を読んでくださった方からは、今でもよくこんなことを訊かれます。

「でも、何でラダックだったんですか? どうしてラダックを選んだんですか?」

‥‥これは難しい質問です(苦笑)。どうして僕がラダックを選んだのか、かいつまんで一言で言い切ってしまうと、本の中でも書いたように「一目惚れのようなものだった」のだと思います。でも、そこをあえて、もう少し掘り下げて考えると‥‥。

僕がラダックにいた時に感じていたのは、何というか、「生きている手応え」のようなものだったのではないかと。

何もかもが便利で行き届いていて、でも煩わしいくらいに複雑な日本に比べると、ラダックはものすごくシンプルで、そして比べものにならないほど厳しい場所でもあります。そうした場所に身を置くと、余計な飾りをすべて剥ぎ取られた、完全に素の状態の自分と向き合うことができる。自分の弱さや情けなさを思い知らされながら、精一杯あがいていると、日本では感じることのできなかった「手応え」を、ふっと感じることがあるのです。

標高5000メートルを越えるルプシュの山中を、一人ぼっちで歩いていた時。周囲は見渡すかぎり、空と険しい山ばかり。酸素は平地の半分ほどしかなく、必死に両足に力を込めても、スローモーションのようにしか動かない。顔を上げて前を見ることさえできずに、歯を食いしばって峠の頂上を目指していた僕の足元には‥‥。

写真のような、黄色くて小さな花が、平たい岩の間から、びっくりするほどたくさん咲いていました。

あの時、あの場所で、あの小さな花たちが咲いていたことを忘れないでいたい。うまく言えませんが、たとえばそれが僕にとっての「手応え」で、ラダックを選んだ理由、そしてまたラダックに戻る理由なのだと思います。

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夏のラダック滞在日程、決まりました!

  • Posted by: yama_taka
  • 2010年5月14日 00:34
  • 写真 | 雑記

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これは、ダーで撮った子供たちの写真ですが‥‥どんだけカメラ目線なのかと(笑)。

そういえば、もうすっかりお知らせしたつもりだったんですが、このブログではまだでしたね。今年の夏のラダック滞在日程、ほぼ確定しました。6月19日(土)に日本を発って、ヘミス・ツェチュ直前の20日(日)にレー入り。日本に戻ってくるのは、9月4日(土)の予定です。

滞在期間は合計で二カ月半くらい。ある知人には「今回は中途半端ですね!」と言われました(苦笑)。まあ、こちらも仕事や予算の都合があるので、今回はこれが精一杯です。

ヴィザや航空券の手配は着々と進めているところですが、今年はデリー〜レー間の航空券の値段がメチャクチャ高騰していて、ちょっと困っています。いちおう現時点で一枚押さえておきつつ、直前まで粘って、安い席が出たらすぐにそっちに切り替えるという戦術ですが‥‥どうなることやら。

夏のラダックでは、見たいもの、やりたいことがたくさんあります。ダーの夏の収穫祭、ダライ・ラマ法王のティーチング、まだ訪ねていない小さな村めぐり‥‥。トレッキングもやりたいなあ。ザンスカールはちょっとわかりませんが、できれば行っておきたいところですね。

まあ、その前に、とりあえず目の前の仕事を粛々と片付けます(笑)。

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村を歩くことのススメ

  • Posted by: yama_taka
  • 2010年4月 1日 14:59
  • 写真 | 雑記

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もうすっかり春ですね。ラダックではこの時期になると、畑を耕して種を蒔く準備などをするため、だんだん忙しくなってきます。ちょうど今、アンズの白い花が咲いている時期かな? 新緑が一斉に萌えはじめて、きっときれいなことでしょう。

ラダックを訪れる日本の旅行者の方は、滞在期間が限られているからか、とにかく毎日のようにあちこちのゴンパを見て回るという方が多いようです。それも一つの楽しみ方ですが、個人的には、そこまでシャカリキにゴンパばかり見て回らなくても、もっと他の楽しみ方があるのに‥‥と、ついつい思ってしまいます。

たとえば、どこかの村を、ただブラブラと歩いてみること。

レーの近郊には、スピトクやピャン、シェイ、ティクセなどのゴンパを擁する村のほか、小さな村がいくつも点在していて、それらには歩いていけたり、頻繁にバスが行き来していたりします。滞在中、どこかで丸一日、そういった近郊の村を散策する時間にあててみてはどうでしょう? 畑のあぜ道を伝い歩き、ポプラの梢を見上げ、風にそよぐ麦穂を眺め‥‥。大勢の観光客で騒がしいレーとは全然違う、ラダックの人々が本来過ごしている生活の時間の中に身を置くと、初めて感じられることもたくさんあるはずです。

何もしないことで、見えてくるもの。たとえば、この馬の親子の情景のように。

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レーの犬の生活

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レーの街では、かなりたくさんの野良犬が生活しています。かなりたくさん‥‥いや、ものすごくたくさん(笑)。街をぶらぶら歩いていても、こんな風にくるっと身体を丸めて眠りこけている犬たちを至るところで見かけます。「カワイイか?」と聞かれると、うーん‥‥あんまりカワイイとはいえないですね(笑)。どちらかというと、厳しい環境の中で生き抜いているが故の図太さというか、ふてぶてしさというか、そういう印象の方が強いです。

レーで暮らす野良犬たちは、もっぱら朝のうちに人間が出した残飯などを漁って腹を満たし、昼間のうちはずーっと昼寝。人間に対しては見向きもしません。ただ、夜になると活発に活動を開始し、時には群れになってワオワオと吠えまくって、かなりうるさいこともあります。

深夜にジープでレーに着いた時や、夜明け前にバスターミナルに歩いていかなければならない時などは、この犬たちに注意した方がいいです。うっかり近づくと、昼間の眠りこけっぷりからは想像もできないほど攻撃的に吠えかかってくることがあります。僕自身も吠えかかられたことがありますが、かなり怖いです。地元のラダック人たちでさえ、夜に出歩く時は犬を追い払うための棒切れを持っていく人もいますね。

ラダックのNGOの中には、こうした犬たちが無制限に増えすぎてしまうことを防ぐために、犬に避妊手術を施す活動をしているところもあるそうです。

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チャダルの記憶

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今回はちょっと奮発して、チャダルを旅した時に撮影した写真のうち、まだ未公開のものを、どーんとご紹介しようと思います。眺めているだけで寒々としてくる光景の数々をご覧ください。

それにしても、寒かったなあ、チャダルは‥‥。

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冬のカルシャで

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先日書いたエントリーで、冬のカルシャのことを思い出して、手元にある写真を見返していたんですが、自分でもびっくりするくらい、本当にたくさん撮っていました(笑)。なので、ここで何枚かご紹介。

まずは、屋根の上で雪かきに精を出すおじさん。苦みばしってて、いい雰囲気ですね〜。ゴンチェも渋い。

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雪の坂道

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二年前の今頃、僕はチャダルを辿って、真冬のザンスカールを旅していました。

地形が影響しているのかもしれませんが、ラダックと比べるとザンスカールはさらに雪が深く、歩いても、歩いても、見渡すかぎりの銀世界。くるぶしの上、時には膝近くまで埋もれる雪の中を歩き続けるのは、恐ろしく疲れます。しかも標高は3000メートル以上。足を一歩踏み出すたびに、ぎゅっと歯を食いしばらなければならないほどでした。

だから、折り返し地点のカルシャで丸一日休憩することができたのは、本当にありがたかった‥‥。正直、身体が文字通りバラバラになりそうなほど疲れきっていたからです。幸運にも、その日は雲一つない晴天で、僕はカルシャの村の人たちの暮らしぶりを、たくさん写真に撮らせてもらうことができました。

屋根の雪かきに精を出す人、氷のように冷たい湧き水で洗濯をする人、もこもこの上着を着て元気に遊ぶ子供たち。こんな雪深い山奥で暮らすというのは大変なことなのだろうなと最初は思っていたのですが、会う人会う人の表情を見ていると、当たり前というか、慣れっこというか、本当に何とも思っていない感じ。まあ、考えてみれば、ザンスカールの人々を、僕みたいに東京暮らしに慣れっこになっている軟弱者と比べるのもおこがましい気がします(笑)。

村の中で、雪が積もってところどころ凍りついている坂道を歩いていた時。へっぴり腰でおっかなびっくり足を運ぶ僕のそばを、一人の少女が両手を広げて勢いよく足を滑らせながら、ぴゅーっ!と風のように坂道を下っていきました。

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三年三カ月三日の瞑想

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二年前の冬、イグーという村に滞在していた時のこと。僕は村からさらに北の人里離れた山奥にある、ケスパンと呼ばれる場所を訪れました。

ケスパンの標高はイグーよりさらに高く、4000メートル近くはあったのではないでしょうか。周囲はすっかり白銀に覆われ、僕たちが乗っていた車も途中でタイヤが氷で滑って前に進めなくなり、乗客全員が降りて、後ろからえいやえいやと押したりしながら、なんとか辿り着いたという感じでした。

ケスパンは一種の修行所で、いくつかある平屋建ての建物の一つでは、四人の僧侶が瞑想を行っていました。もちろん建物の中をのぞくことはできませんでしたが、彼らは三年と三カ月と三日、瞑想の修行を続けるのだそうです。吹きすさぶ風の音しか聞こえないこの山奥で、気の遠くなるような時間を瞑想に捧げるというのは、いったいどんな気持がするものなのでしょうか。チベット仏教の僧侶たちの敬虔さ、ひたむきさをあらためて感じた出来事でした。

建物の外では、一人の老僧が、寒さに震える僕たちにチャイをふるまってくれました。

「ほう、あんたはシャクティにいたのかね? どこの家に‥‥? ああ、ツェリン・ナムギャルならよく知っとるよ」

「写真を撮ってもいいですか?」とラダック語で聞くと、老僧は強烈な日射しから目を守るためのサングラスを外して、にっこりと微笑んでくれました。

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太陽の光

  • Posted by: yama_taka
  • 2010年1月16日 13:59
  • 写真 | 雑記

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冬のラダックでは、最低気温はマイナス30℃、最高気温も氷点下という日々が続きます。そんな苛酷な環境で暮らす人々にとってかけがえのない存在が、太陽の光です。

天気のいい日には、至るところでひなたぼっこをしている人を見かけます。気温が低くても、日が当たるところにいると、びっくりするくらい暖かいのです。ラダックの人々の家にはたいてい、南側に面した大きな窓のあるサンルームのような部屋があるのですが、そこは暖房がいらないくらい暖かいので、昼間のうちはみんなそこでのんびりしています。みんなと一緒にサンルームでごろごろしていると、太陽の光の暖かさ、そして有り難みをひしひしと感じます。

ラダックの中でも、たとえばダー・ハヌー地方の峡谷に点在するいくつかの村では、冬の間は太陽の光が山に遮られて、一日中日が当たらないというところもあるそうです。そんな時期はどうするかというと、川の対岸にある専用のひなたぼっこスペースに移動して過ごすのだとか。逆に言えば、そこまでしないととても耐えられないんですね、この地方の冬の寒さは‥‥。

太陽の光は人の命を繋ぐ存在なのだなあ、としみじみ思います。

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デチェン・ラモからの伝言

  • Posted by: yama_taka
  • 2010年1月 4日 12:10
  • 写真 | 雑記

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あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

この「Days in Ladakh」も、開設してから約三年が経ちました。去年はずっと日本に釘付けだったこともあって、ラダックそのものに関する更新はなかなかできませんでしたが、今年の夏は、再びラダックに行って取材をしてくる予定なので、その現地報告も含めて、またこのブログを更新していければと思っています。

「目指せ! 二冊目のラダックの本!」って感じですね(笑)。

この間の大晦日の夕方、以前チベットに行った時に知り合った女性の方からメールをいただきました。去年、「ラダックの風息」を読んで、実際にラダックに行って、本の舞台の一つになったノルブリンカ・ゲストハウスに泊まっていたのだそうです。

宿のおかみさんのデチェンさんはあいかわらず元気で、僕の話が出ると、「まさか自分の話したことや、家族の会話が本になるなんて思ってなかったから、びっくりした(笑)」と言っていたのだとか。その女性の方曰く、「本で書かれていたとおり、温かくて優しくて、ひょうきんで歌好きのお母さんだった」とのことでした。

その女性の方が、デチェンさんからの伝言を僕に届けてくれました。

「タカ! 大丈夫だよ! ラダック語を忘れちゃダメだよ!」

この伝言を受け取った時、胸の内側に、ラダックの青い空がすーっと広がっていくような気がしました。一年の最後にこの伝言を受け取れたのも、何かの巡り合わせなのかもしれません。

また、あの青い空に会いに行こう。そこから、きっとまた何かが始まる。

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ポプラの木

  • Posted by: yama_taka
  • 2009年12月26日 12:50
  • 写真 | 雑記

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ラダックの風景というと、草木一本も生えないむき出しの岩山と荒野‥‥というイメージを持っている方がほとんどだと思います。でも、レーの街や川沿いの村を訪ねると、意外なくらい緑が豊かな場所があることに気付くはずです。

特に目立つのは、ポプラの木です。ラダック語では、ユラートと呼ばれているのかな? ラダックの人々が家を建てる時の梁や柱の材料にも使われる、貴重な存在です。10メートルほどの高さの木々が青空を背景にしゅっと立ち並ぶ様を眺めていると、心が清々しくなるような気がします。

春になると、ポプラの木は種子を綿毛に載せて、ぷわぷわと空に飛ばします。夏になると、深くて濃い緑色に色づいた葉がゆったりと風にそよぎ、秋になると、その葉はみるみるうちに黄金色に変わり‥‥冬になると、あっけなく散ってしまいます。冬空に、くっきりと食い込むように伸びる白い梢。それもまた、ラダックらしい風景です。

ポプラの木は、ラダックの移りゆく季節を象徴する存在なのかもしれません。

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お祭りカレンダー更新のお知らせ

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ロサルタシデレ。今日はラダックのロサル(正月)ですね。あっちでは今頃、みんなどんちゃん騒ぎをしていることでしょう(笑)。

上の写真は、二年前にシャクティでロサルを迎えた朝、空一面を流れていた雲を撮ったものです。まるでゴッホが描いた絵のようにダイナミックな雲で、身を切るような冷たい大気の中、しばし見とれていた記憶があります。あれからもう二年か‥‥。

さて、このブログの右のサイドバーにリンクがある「ラダックのお祭りカレンダー」を更新しておきました。目についたところはこまごまとアップデートしてあるので、ラダックへの旅行計画を立てる時の参考にしてください。例によって、ラマユルやピャンなどのディグンパのゴンパのお祭りは、日程が微妙に変わることがあるのでご注意を。

次の夏は、サニのお祭りに行きたいなあ‥‥。

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顔なじみの牛たち

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2007年から2008年にかけて、冬のラダックで取材をしていた頃、僕はレーのチャンスパ地区にあるタシ・ギャルツェンさんのお宅にホームステイをさせてもらっていました。

毎朝8時か9時くらいに起きて、台所でストーブに木切れをくべながら、チャパティやツァンパのスープの朝ごはん。それからバケツに3分の1ほど用意してもらったお湯で、ブルブル震えながら頭と身体を洗います。部屋で本を読んだり、写真や取材ノートを整理したりした後、僕は11時頃にカメラザックを担いで家を出て、メインバザールまで20分ほどの道程を歩いていっていました。

すると、ほぼ必ずといっていいほど毎日、この写真の牛たちの行進とすれ違っていたのです。いわば顔なじみ(笑)。

ラダックの人々にとって、乳を出す牛は大切な家畜です。ヒンドゥー教徒のように牛を神聖視しているわけではありませんが、レーのような街の中でも、こんな風に牛が堂々と行進していることはざらです。どの牛も毛並がつやつやしていて、大事にされていることがわかります。

本当に毎日顔を合わせていたので、そのうち僕は、「よっ!」と牛たちに挨拶をするようになりました(笑)。

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最初に撮った人

  • Posted by: yama_taka
  • 2009年12月 6日 00:20
  • レー | 写真

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この写真を撮ったのは、2007年5月13日。足かけ一年半に及ぶラダックでの長期取材のため、レーの街に到着したまさにその日のことでした。

それ以前に何度かラダックを訪れていた時も、僕は結構たくさん写真を撮っていたのですが、そのほとんどは、旅行の時にいつも持ち歩いていたGR DIGITALというコンパクトカメラで撮ったもの。取材のために持ち込んだ一眼レフでラダックの人々を撮った経験はなかったので、「こんなでかいレンズを向けたら、みんな萎縮するんじゃないか‥‥」と、ちょっと不安に思っていましたし、それを自分がクリアできるという自信もありませんでした。

ノルブリンカ・ゲストハウスに部屋を取り、ひと休みしてから、僕はカメラバッグを肩に出かけました。メインバザールに出てぶらぶらと通りを歩いていた時、ふと目が合った一人のおばあさん。道端でネックレスやブレスレットなどのチベタン・アクセサリーを売っていた、チベット人のおばあさんだったのですが、僕は何となく、「最初に誰か撮るなら、このおばあさんにしよう」と思ったのです。

とはいえ、その頃はまだナクシャ(写真)という言葉も知らなかったし、英語も通じそうになかったので、僕はカメラを見せながら必死で笑顔を作って、どうにかこうにか、写真を撮らせてもらったのでした。

でも、この一枚を撮らせてもらったことで、自分の中で、ぽん、と見えない枷のようなものが外れたような気がしました。ちゃんと向き合って一生懸命に気持を伝えれば、こんな自然なまなざしの写真を撮らせてもらえる。それからの僕は、調子に乗ってバンバンというわけにはいきませんでしたが、言葉を覚えたりしながら、少しずつ、ラダックの人々と真正面から向き合えるようになっていったと思います。

そういう意味でも、この写真は、僕にとって思い出深い一枚です。

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二人のナムギャル

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今日からもう12月ですか。早いなあ‥‥。

一年前の今頃は、「ラダックの風息」の原稿を書き終えた後、写真のセレクトで死ぬほど悩んでいた時期でした。載せたい写真はそれこそ何百枚もあるのに、本は240ページしかありません。一度選んだものが気に入らなくて最初から全部やり直したりして、周囲の友人に「‥‥やつれた?」と心配されるくらい、消耗していた記憶があります(苦笑)。

そうなんです。「これはブログには載せずにとっておいて、本に載せよう!」と思っていて、結局載せられなかったり、カラーページには回せなかったりした写真が、まだ山のようにあるのです。最近、そういう写真たちを仕事の合間に見返したりもしているのですが、「このまま埋もれさせておくのももったいないなあ‥‥」と思うようになりました。

2009年はこのブログもかなり放置気味だったので(すみません)、これからは、一、二週間に一度くらいのペースで、そういう埋もれた写真たちを、こんな感じでちょこちょこご紹介していこうかな、と思っています。まあ、次の夏に再びラダックに行くまでのウォーミングアップということで(笑)。

上の写真は、本の中でもモノクロページに載せた写真です。左の男の子が、文中にも登場したホームステイ先の一家のスタンジン・ナムギャル。右の男の子は従兄弟のリグジン・ナムギャル。どっちもナムギャルという名前です。リグジンの帽子にも名前が入ってますね。カッコイイ(笑)。

ナムギャルというのは、かつてラダックを統治していたナムギャル王朝の王族が代々受け継いでいた名前でもあります。中でも一番有名なのがセンゲ・ナムギャルという王様なのですが、それにちなんで、スタンジンはよく「センゲ、センゲ」という愛称で呼ばれていました。

元気かなあ、あの子たち‥‥。

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写真展「ラダックの風息 儚い夏、凍てつく冬」

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3月6日(金)に「ラダックの風息 空の果てで暮らした日々」が発売されるのに合わせて、3月10日(火)から5月8日(金)までの間、ラダックをテーマにした写真展を開催させていただくことになりました。

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山本高樹 写真展「ラダックの風息 儚い夏、凍てつく冬」

インド北部、標高3500メートルの地にある隠れ里、ラダック。一冊の本を書く、ただそれだけのために、僕はこの空の果てとでも呼べる地で暮らしてみることにしました。

足かけ一年半に及ぶそのかけがえのない日々の中で撮影された写真は、膨大な数に上ります。それらの中から厳選した作品を、会期の前半は「冬」、後半は「夏」をテーマにして展開する写真展を開催します。

凍れる河チャダルを往く旅、峻険な山の懐に抱かれて生きる人々、仮面の僧侶たちの華麗な舞い。鮮烈で、でもどこか懐かしい、ラダックの真の姿をご覧ください。

期間:2009年3月10日(火)〜5月8日(金)

会場:リトルスターレストラン http://www.little-star.ws/
東京都三鷹市下連雀3-33-6 三京ユニオンビル3F
TEL&FAX 0422-45-3331
JR三鷹駅南口より徒歩3分(アクセスマップ

時間:11:30〜24:00(土日祝12:00開店/日祝23:00閉店)

定休:月曜日(臨時休業や貸切の日もあるため、お店のサイトをご参照ください)

料金:無料(会場が飲食店なので、1品以上のオーダーをお願いします)

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思い返せば、2年前にこのブログを立ち上げたばかりの頃、今回と同じようにリトルスターレストランを会場にした写真展をやらせていただいたのが、すべての始まりだったような気がします。いやー、あれからいろんなことがありましたね(笑)。

今回展示する写真に関しては、本に収録されていないものも含め、前回の写真展より数段レベルアップしたものをご覧いただけると思います。おいしいランチを食べがてら、またはお酒を一杯飲みがてら、ゆったりとした気分でラダックの写真を楽しんでいただけるとうれしいです。

なお、写真展の期間中、会場では「ラダックの風息 空の果てで暮らした日々」の販売もさせていただく予定ですので、よろしくお願いします。

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ルプシュの旅(5):キャマユリ・ラ〜ツォ・モリリ

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遊牧民たちと別れた後、僕は今回のルート上の難関、キャマユリ・ラという峠にさしかかりました。標高は5500メートルくらいあるはず。酸素が本当に薄くて、息を吸っても吸っても苦しい。足がぱたりと動かなくなりました。

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ルプシュの旅(4):ツォ・カル〜ラジュン・カル

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ツォ・カルに朝が訪れました。鏡のような水面が雲ひとつない空を映しています。これから朝ごはんを食べ、荷物をまとめて出発です。

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ルプシュの旅(3):シブク〜ツォ・カル

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トレッキング3日目は、シブクというキャンピングサイトで幕営しました。翌朝、谷沿いの道を下っていくと、やがて行く手にうっすらとした水色の帯が。いよいよツォ・カルに近づいてきました。

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ルプシュの旅(2):ルムツェ〜ティサリン

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ラダックの南東部、インダス川の南岸に広がる標高4000メートルを越える高原地帯を、ルプシュと呼びます。そこにはツォ・カル、ツォ・モリリといった岸辺に希少な生態系を持つ湖をはじめ、さまざまな種類の野生動物や、たくさんのヤクや羊、ヤギたちとともに悠然と生きる遊牧民が暮らしています。

僕は今回、ルムツェという村からツォ・カルを経てツォ・モリリまでの道程を、7日間かけて歩いていく旅をすることにしました。前日にローカルバスで運び込んだ食糧や装備を馬に積み、翌朝、いよいよ出発です。

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ルプシュの旅(1):メンバー&装備

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・プンツォク・ワンチュク
ルムツェ村出身、48歳のホースマン。今回は僕のために3頭の馬とともに旅をするはずが、まったく同じ日に別のトレッカーからも依頼を受けて、合計7頭の馬を率いることに。ルプシュの旅を知り尽くしていて、料理も上手。見た目は豪快に見えるが、実はとても朴訥で人のいいおじさんなのでした。

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・プンツォク・タシ(写真左)
2組のグループの馬の面倒を見なければならなくなったワンチュクさんに同行することになった、22歳の息子。ラダック語しか話せない父親と違って、英語が多少話せる。まだ若いのに馬の扱いに熟達していて、手先も器用。ただ、「料理なんかしたくないなあ」と食事の支度はいつも父親に任せきり(笑)。

・ロボ(写真右)
タシ君が飼っている犬。「名前は?」とタシ君に聞くと「んなもんないよ」と返されたので、心の中でひそかに「ロボ」と命名。なんとなく見た目がオオカミっぽくて、でもそこまでイケてなくて、なんだか寂しげだったので。とてもおとなしい犬で、エサといえば朝と晩にチャパティを一切れ投げ与えられるだけなのに、飼い主のタシ君の行くところ、尻尾を振り振りどこまでもついてくる。どこまでも、どこまでも、そう、ツォ・モリリまでも。

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サスポルでの日々

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ひさしぶりのフォトレポートです。7月に入ってから、僕は下ラダック(シャム)のサスポルという村に行って、畑仕事を手伝う日々を送っていました。サスポルはレーよりも標高が低く、温暖で水も豊富なため、麦のほかに野菜や果物などが豊富に穫れることで知られています。

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アムチ

  • Posted by: yama_taka
  • 2008年7月14日 19:09
  • 写真 | 雑記

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ラダックには古くから、アムチと呼ばれるチベット伝統医学の医師が存在します。彼らは患者の脈を調べることで症状を判断し、主に生薬を処方することで治療を行います。

今回お会いしたアムチは、ティンモスガン出身のギュルメット・ナムギャルさん。インド政府からの依頼でアムチの療法の研究を行っていたこともあるという、有名なアムチです。

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ラダックのエコショップ

  • Posted by: yama_taka
  • 2008年6月 3日 17:39
  • レー | 写真

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こういうブログをやっていると、「ラダックでおすすめの宿・レストラン・ショップを教えてください!」というメールをたくさんいただきます。でも実は僕、そういう情報はあんまりよく知りません(汗)。特にレーでは、デチェンさんの宿に居座ったままメシを朝晩食わせてもらっているので、そういう類の店は全然開拓していないのです。まあ、レーの町ではどの店もそれなりにレベルが高いので、テキトーに入ってもハズレを引く可能性は低いのですが。

そんな僕の乏しい知識の中でも、ここは行っておいて損はないとおすすめできるショップが「DZOMSA」(何て読むんだろう、これ?)です。メインバザールの北、State Bank of Indiaのあたりからチャンスパ方面に行きかけたところの左手にあります。ほかに支店も1、2軒あるみたいです。

これは何の店かと聞かれるとちょっと説明しづらいのですが、「エコロジー」をコンセプトに、環境に優しいことなら何でも扱おうという意気込みのショップです。特に外国人観光客の利用頻度が高いのが、空のペットボトルや水筒を持っていくと、煮沸済みの飲料水をリフィルしてくれるサービス。市販のミネラルウォーターの半額程度なので、経済的にも環境的にもメリットは大きいです。

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スピティからラダックへ

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キナウルとスピティという2つの渓谷地帯を旅してきた僕は、そのまま陸路でラダックを目指すことにしました。インド人旅行者たちのピックアップトラックに乗せてもらって、いざ出発。まずはスピティのカザから、4551メートルのクンザム・ラという峠を越えます。除雪が終わったばかりの峠の周囲には、まだたくさんの雪が残っていました。

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スピティでの日々

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スピティは、ヒマーチャル・プラデーシュ州の北東部に位置する美しい渓谷地帯です。地理的・気候的にはラダックにとてもよく似ていて、住民もほとんどがチベット仏教徒。初めてなのに、懐かしい匂いのする場所でした。

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キナウルでの日々

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キナウル地方は、ヒマーチャル・プラデーシュ州の州都シムラーからサトラジ川を遡ったところにある渓谷地帯です。ここは、独特の言葉と文化を持つキナウル人が暮らしている土地です。

キナウルの中心地レコンピオの町からは、聖山キナウル・カイラス(右)が見えます。冬になると、チベットのカイラスにいるシヴァ神がこのキナウル・カイラスにやってきて、ハシシを楽しむのだと信じられているそうです。

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ダラムサラ 祈りの灯火

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ダラムサラは、インド北部のヒマーチャル・プラデーシュ州、標高1700メートルの地点にある、人口2万人ほどの小さな街です。1959年にダライ・ラマ14世がチベット本土から亡命して以来、この街にはチベット亡命政府の拠点が置かれています。

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また、ラダックへ

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2月末に一時帰国してから、はや2カ月も経ってしまいました。東京では、ほとんど毎週のように友達に飲みに誘われたり、お宅にお呼ばれしたりして、うまいものをたらふくごちそうになっているうちに‥‥2キロくらい太りました(笑)。さすがに身体が重いので、最近は毎晩腹筋を300回やって、胴回りを絞る努力をしています。

今回の一時帰国の目的は、僕が今取り組んでいるラダックについての本の企画を、いくつかの出版社を回って売り込むことでした。まあ、世の中そんなに甘くないし、今年の夏の取材が終わった後も、半年から一年は根気よく回らなければならないかな‥‥と覚悟していたのですが、幸運なことに、ある出版社、それも僕の意中の会社の一つが、この企画を引き受けてくれることになりました。まさか、この一時帰国中に決まるとは思ってもいなかったので、びっくりです。うれしいというより、正直、ほっとしました。これで、今までラダックや日本でお世話になった人たちに、少しは報いることができるのかなあ、と。

その出版社との打ち合わせはもうかなり進んでいて、基本的なフォーマットはほぼ決まりつつあります。そして恐ろしいことに、〆切も決まりつつあります‥‥(汗)。間に合うのか‥‥いや、がんばりますけれども。

そんなこんなであわただしい日々が続いているうちに、再び日本を離れる時が近づいてきました。4月24日、デリーに飛びます。今回はすぐに空路でラダックに入るのではなく、まずダラムサラに行った後、シムラー、キナウル、スピティ、ラホールと回って、陸路でラダックに入る計画です。スピティとキナウルは僕自身まだ訪れたことのない場所で、ラダックとはまた違った人々や文化に触れることができそうなので、とても楽しみです。

その前に、何といっても、ダラムサラですね。実はダラムサラには、ラダックでの取材に必要なある用事を果たすためにずいぶん前から行くと決めていたのですが、今、チベット問題が国際的な注目を集めているこの時期に、自分がチベット亡命政府のお膝元を訪れることになったのも、何かの縁なのかもしれません。このブログでも、ダラムサラからのフォトレポートをお届けできればと思っています。

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さらば ふるさとよ
今は まだ
このまま長い旅を続けるけれど いつの日か
見つけるでしょう
日が昇る この場所を

(「さらば」Port of Notes )

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では、行ってきます!

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マト ナグラン

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2月20日と21日、上ラダック(トゥ)のマト・ゴンパで、ナグランと呼ばれる祭りが開催されました。この祭りは、2人の僧侶が読経と瞑想を経てラバ(シャーマン)となり、このゴンパの守護神であるロンツァン・カルマルを降臨させ、人々にさまざまな神託を与えることで有名です。

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ストク グル・ツェチュ

2月15日と16日、上ラダック(トゥ)のストク・ゴンパで、グル・ツェチュと呼ばれるチャム(仮面舞踊)の祭りが行われました。ちなみに、一般の観光客がよく訪れる現在博物館になっている建物は、ストク・カルという王宮で、ゴンパではありません。ストク・ゴンパはそこから1キロほど奥に行ったところにあります。

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チャダル(5):ツァザル〜グル・ド

カルシャを発った僕たちは、パドマ君とツェリン君の故郷、ツァザルに向かいました。途中で川の凍った部分を渡り、崖の上にある村を目指します。

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チャダル(4):カルシャの休日

ザンラから丸2日、陸の上の深い雪道を歩き続けた僕たちは、カルシャに到着。休養も兼ねて、ここに2日ほど滞在することにしました。

2日目の朝は、それまでの曇天続きが嘘のような雲ひとつない快晴。澄んだ青空に、雪山が眩しいほどに輝いていました。

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チャダル(3):ニラク〜ザンラ

ニラクに着いた日に降りはじめた雪は激しさを増し、丸2日降り続けました。次の行程には難しいポイントが待ち構えているため、僕たちは村の下手にある小さな石造りの小屋の茶店に泊めてもらって、天候の回復を待つことにしました。

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チャダル(2):グル・ド〜ニラク

ザンスカールでは冬になると、外界との交通路にある峠がすべて雪で塞がってしまいます。そんな厳しい冬のさなか、凍結したザンスカール川の上に現れる唯一の道‥‥人々はそれを「チャダル」と呼びます。遠い昔から使われてきたその幻の道を辿ることが、今回の旅の目的です。

僕たちはレーからチリン方面行きのバスに乗り、終点のグル・ドという地点で下車。その日はザンスカール人が経営する茶店に泊まり、これから始まる長旅に備えました。

翌朝、いよいよ出発。左手には、マルカ谷へと続く川の分岐点が見えました。

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チャダル(1):メンバー&計画&装備

・パドマ・ドルジェ(中央)
ザンスカール、ツァザル出身の31歳。トレッキングガイドとして10年のキャリアを持ち、特にチャダルの経験は数え切れないほど。刻々と変化する氷の状態を的確に判断し、常に一番安全なルートを僕に示してくれました。去年の夏、ラマユルからパドゥムまでのトレッキングの途上で、別のグループのガイドを務めていた彼と仲良くなり、「僕が旅行代理店を通さずに個人でアレンジするから、一緒にチャダルに行こう!」と誘われたのが、今回の旅の始まりです。

・ロブザン・トゥンドゥプ(右)
ザンスカール、ザンラ出身の36歳。普段は村で農業と大工を営む、経験豊富な筋金入りのポーター。誰よりも大きな荷物を軽々と運び、薪の扱いや料理の手際もさすが。ビリ(インドで一番安い煙草)をスパスパ吸いながら、メンバーの大黒柱としてさまざまな仕事をこなしてくれました。

・ロブザン・ツェリン(左)
ザンスカール、ツァザル出身の23歳。数カ月前に色白ですっげーカワイイ奥さんと結婚したばかり。経験の面では他の2人に及ばないものの、彼の最大の強味は、驚くほどの身軽さと度胸のよさ。行く先々の難所で活路を切り開いてくれただけでなく、旅の途中、彼は一人の人間の命を救いました。

心優しくて勇敢で、くだらない冗談とエロ話が大好きな、本物のチャダルの男たち。彼らと共に旅することができたのは、僕にとって大きな幸運でした。

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レー ドスモチェ

2月4日と5日、レーでは新年の豊作を祈願するドスモチェという祭りが行われました。このドスモチェは、同じ日にリキル・ゴンパとデスキット・ゴンパでも開催されます。

初日は、レー王宮のすぐ近くにあるラカン・ソマ前の広場で、仮面舞踊(チャム)の儀式が行われました。

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スピトク グストル

1月6日と7日、レー近郊のスピトク・ゴンパでグストルという仮面舞踊(チャム)の祭りが開催されました。スピトクはゲルクパという宗派なので、祭りはティクセやカルシャと同様の手順に則って行われます。

スピトクの座主であるクショ・バクラ・リンポチェは、先代が亡くなった後、まだ転生者が見つかっていないということで、本来座主が坐るべき席には黄色い僧衣が形を整えて置かれていました。

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バスゴのラマゾギ(4)

祭りのクライマックスは騎馬祭です。村の裏手に開けた細長い畑を舞台に、7頭の馬とその乗り手が競い合います。たくさんの村人たちが集まってきました。

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バスゴのラマゾギ(3)

ロサルが明けて9日目、祭りはいよいよクライマックスを迎えます。昨日ラマゾギやラダク、カロクらが踊っていた広場の中央には、ツァンパを練って作ったヤクの人形とヤクの肉が供えられました。

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バスゴのラマゾギ(2)

ロサルから明けて8日目の朝、村の中で怪しげな集団に出会いました。村の少年たちが扮する彼らはウルブルと呼ばれ、白覆面に白装束、手にした鹿の角を振り回し、奇声を発しながら行進していきます。

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バスゴのラマゾギ(1)

ラダックではロサルの時、ラマゾギという来訪神による悪霊祓いの儀式を行う村がいくつか残っています。この風変わりな風習を取材するため、僕は下ラダックのバスゴという村を訪れました。

ロサルから明けて3日目、村の裏手にあるラブタン・ラツェという岩山には、杉の枝を新しく取り替えたばかりのラトゥー(祭壇)がありました。

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シャクティのロサル

ロサル・タシデレ(あけましておめでとうございます)。12月10日、ラダックではロサル(正月)を迎えました。僕はロサルの2日前から、今年の春と夏に畑仕事を手伝ったシャクティのツェリン・ナムギャルさんの家を訪ねました。

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ガルダン・ナムチョ

  • Posted by: yama_taka
  • 2007年12月 5日 17:13
  • レー | 写真

12月4日は、ゲルクパの開祖ツォンカパの命日を記念するガルダン・ナムチョという灯明祭が、ラダックの各地で行われました。レーでは、日が暮れる頃から、普段は真っ暗なナムギャル・ツェモの山肌に、煌々と篝火が焚かれていました。

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タルチョ

  • Posted by: yama_taka
  • 2007年11月20日 22:15
  • 写真 | 雑記

ラダックを訪れると、家々の屋根の上、峠、橋といった場所に、まるで万国旗のようなカラフルな5色の旗が結びつけられているのをしばしば目にします。この旗はタルチョと呼ばれるもので、仏教の経文が刷られている祈りの旗です。5つの色にはそれぞれ意味があって、青は空、白は風、赤は火、緑は水、黄は地を象徴しているのだそうです。

今年の夏、ダライ・ラマ法王が車でレーの街を抜けてヌブラを訪問されると聞いた近所の人々は、その通り道の至るところにタルチョを張り巡らせて、お出迎えの準備をしていました。僕も、帰省中だった宿の長男のワンチュク君と次男のジグメ君と一緒に、木や塀に梯子をかけてタルチョを張りました。ワンチュク君曰く「一番端っこが青い旗になるようにしなきゃならないんだよ」とか。知らなかった。

澄み切ったラダックの空に5色の旗がはためくたび、人々の祈りは風に乗って運ばれていきます。

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サスポル ニダプク・ゴンパ

アルチからインダス川を挟んで対岸に、サスポルという大きな村があります。チュリ(アンズ)の産地として知られている村ですが、もう一つ有名なのがニダプク・ゴンパです。

サスポルの北にある岩山には、僧侶の修行場として使われていたと思われる、たくさんの石窟があります。いくつかの石窟にはまだ壁画の痕跡が残っていて、うち一つには、信じられないほど鮮やかな壁画が描かれているのです。

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アルチ トゥジェチェンポ・ゴンパ

ラダックやザンスカールで、もっとも素晴らしい仏教美術が残っているのはアルチ・チョスコル・ゴンパだということは、誰に聞いても疑いの余地がないところだと思います。実際、毎年大勢の観光客がこのゴンパを訪れているのですが、古くてデリケートな壁画や仏像に対してカメラのフラッシュを浴びせるアホな輩が絶えないせいか、最近では内部での撮影が禁止されてしまいました。

しかし、写真が撮れないからといって、そのままアルチを去るのはまだ早い。この村にはもう一つ、見応えのあるゴンパが残っているのです。

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ピャン グル・ラカン

僕はゴンパの壁画を見ることが大好きなのですが、ラダックの中でも一、二を争うくらい素晴らしい壁画がピャンに残っていることを知る外国人観光客はあまりいないようです。

グル・ラカンは、ピャンの村はずれの岩山の中腹にある、ごくごく小さなラカンです。ピャン・ゴンパの管轄ではなく、ふもとに暮らす村人の一家が世話をしています。今年の春、彼らの家を訪ねて「鍵を開けてください!」と頼むと、「まあお茶でも飲んでいきなよ」と快く迎えてくれました。

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ティクセ グストル

10月28日と29日、ティクセ・ゴンパでグストルという仮面舞踊(チャム)の祭りが開催されました。グストルとは9の付く日に行われる祭りのことで、ゲルクパという宗派特有のものです。

グストルの期間中は、魔力が強すぎるため普段は顔を布で覆われているゴンカンの守護尊もすべて開帳されます。ドルジェ・ジッチェ(金剛畏怖)、すごい迫力でした。

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シャム・トレック

先日、友人が連絡なしでいきなりラダックにやってきて、「トレッキングに行きたい。山がワタシを呼んでいる!」とのたもうたので、2人でちょっとトレッキングに行ってきました。

今回選んだのは、下ラダック(シャム)のリキルからティンモスガンまでの2泊3日のコース。通称「シャム・トレック」と呼ばれるポピュラーなルートで、標高がそれほど高くないため、大半のトレッキングルートの峠が雪で塞がっている今の時期でも楽しむことができます。

写真はルート上にあるヤンタンという村。ここから南に下ると、リゾン・ゴンパに出るそうです。

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ダー ボノナー

10月13日から17日まで、ラダック北部のダーという村でボノナー(大収穫祭)が開催されました。ダー・ハヌー地方にはドクパと呼ばれる人々が暮らしており、頭に鮮やかな花やショクロ(ホオズキ)を飾ることから「花の民」と呼ばれています。

写真は祭りのために盛装してダーにやってきたドクパの女性。後で聞いたら、彼女は僕が滞在していたダーの宿で働いている友人、ルンドゥプ君の妹さんでした。新婚ホヤホヤだそうです。

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ペラク

  • Posted by: yama_taka
  • 2007年10月 8日 17:00
  • 写真 | 雑記

ラダックには、チベット本土とはまた違った独特のスタイルの民族衣装があります。その中でも一番象徴的なのは、ペラクではないでしょうか。

この頭飾りは、結婚式や特別な式典などの時にラダックの女性が身につけるものです。後端は腰のあたりに届くほど長く、大小のトルコ石がびっしりと縫い付けられています。その左右には、大きな耳のようにも見える黒いひさしが張り出しています。ラダックの研究をしている友人の宮坂さんによると、このペラクの形状はコブラの頭をかたどったもので、青いトルコ石は水の精霊ルーを象徴するものなのだそうです。縫い付けられているトルコ石の数からもわかるように、ペラクはとても貴重で高価なものなので、先祖代々、母から娘へと大切に受け継がれています。

今回ラダックに来て、各ゴンパの祭りの時などにペラク姿の女性をたくさん見ることができるだろうと思っていたのですが、意外にもそういう女性はほとんどいませんでした。ダライ・ラマ法王のティーチングの時、捧げ物を持っていた女性たちがペラクをつけていたくらいで、あとはラマユルのユル・カブギェとシェイのシュゥブラの時にちらほらと見かけたくらいでしょうか。この写真はシェイで撮影しました。見ることができた人はラッキーかと。

ペラク姿の女性たちを見ていて個人的に感じたのは、「これを一日中つけてたら、首が痛くなるだろうなあ‥‥」ということでした。半端じゃなく重いと思いますよ、ほんとに。

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プクタル・ゴンパ

「ラダックやザンスカールで一番神秘的なゴンパは?」と聞かれたら、僕は迷わず「プクタル・ゴンパ!」と答えます。ザンスカール南東部、車道も通じていない最果ての地にそびえる、美しく、そして不思議なゴンパです。

このゴンパに行くには、パドゥムからレルーという村までジープなどで移動し、そこからプクタルの近くにあるプルネという村まで歩かなければなりません。最短でも往復で丸3日、普通のトレッカーなら5日かかる道程です。僕は今回、パドゥム?レルー間を往復するジープと、レルー?プルネ間でバックパックを運んでもらうポーターを一人雇って、3日で往復しました。しんどかった‥‥。

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ストンデでの日々

ザンスカールに着いたあと、僕はパドゥムから20キロほど東に行ったところにある、ストンデという村を訪ねました。パドゥムからは、日曜を除く毎日午後に出るザンラ行きのバスを途中下車します。

写真は、村外れの高台にあるストンデ・ゴンパから眺めた村の全景。この麦畑が一面の黄金色に染まっている時に、また来てみたいと思いました。

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カルシャ・ゴンパ

今回のトレッキングの終点となった村、カルシャには、ザンスカールで最大の僧院、カルシャ・ゴンパがあります。険しい山腹を僧坊が埋め尽くす様は圧巻です。

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ザンスカールへ(4):ハヌマ・ラ〜カルシャ

リンシェには2日間滞在したのですが、2日目の午後には、翌日の難関ハヌマ・ラ越えに備えて、リンシェから3時間ほど歩いたところにあるベースキャンプに移動しました。こんな幅30センチほどのトレイルを歩くのは、もはや日常茶飯事。地面がサラサラの砂礫なので、端の柔らかいところを踏み抜かないように気をつけなくてはなりません。

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ザンスカールへ(3):センゲ・ラ〜リンシェ

トレッキング4日目は、最大の難関、センゲ・ラ越えです。5000メートルに達する峠を越えなければならない上、幕営地までの距離もかなり遠く、ドルジェさんも「センゲ・ラは難しい」と言っていました。

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ザンスカールへ(2):ラマユル〜ポタクサル

いよいよ、ラダックからザンスカールへと向かうトレッキングの始まりです。初日はラマユルからワンラまでの比較的短い道程。途中、プリンクティ・ラ(ラは峠の意)という緩い峠を越えました。先行する馬の一群が、土煙を立てて下っていきます。

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ザンスカールへ(1):メンバー&装備

・ンガワン・ドルジェ
ポニーマン、もといドンキーマン。普段はヒンジュ村で農業を営む、謹厳実直な37歳。トレッキングへの参加経験はそれほど多くないものの、手塩にかけて育てたロバたちを自在に操る手腕はさすが。愛するロバたちを気にかけすぎて、写真撮影中の僕を置き去りにすることもしばしば(笑)。

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収穫の日々

8月24日から29日まで、今年の春に種まき作業を手伝ったシャクティのツェリン・ナムギャルさんの家に行って、麦や豆の収穫の手伝いをしてきました。実りの季節の到来です。

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シェイ シュゥブラ

8月22日と23日、上ラダック(トゥ)のシェイでシュゥブラ(収穫祭)が開催されました。シュゥブラはラダックのほかの村でも行われていますが、シェイのシュゥブラはちょっと変わっていて、ラバ(シャーマン)がドルジェ・チェンモという語法尊を自身に憑依させる儀式を行い、トランス状態となってさまざまな神託を告げるのが特徴です。

初日はラバが祈祷を行ったところ、「ドルジェ・チェンモは今日は来ない。明日来る」との神託が。その日の午後、トゥバ・ゴンパ前の広場では、写真のように素朴な衣装を纏った村人たちによる舞いが披露されました。

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ダライ・ラマのティーチング

  • Posted by: yama_taka
  • 2007年8月19日 16:37
  • レー | 写真

8月14日、16日、17日、18日、19日の5日間、レー近郊のチョグラムサルで、ダライ・ラマ法王のティーチングが開催されました。法王は毎年、夏の静養でラダックを訪れるたびに、ティーチングを行うことが恒例となっています。「法王様のティーチングの日に家にいるラダッキなんて、一人もいないよ!」とデチェンさんが言うくらい、ラダックの仏教徒にとっては一年で一番大切なイベントです。

会場となった法王の邸宅、ジワツァルの広大な敷地には、連日朝早くから数万人もの人々が集まりました。これだけ大勢のラダッキを一度に見たのは、ちょっと記憶にありません。レーからここまでは大渋滞で、バスでたどり着くだけで一苦労です。

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ツォ・モリリ

お待たせしました。ひさびさのフォトレポートです。8月10日から、ツォ・モリリという湖に行ってきました。ツォ・モリリはラダック東南部のルプシュと呼ばれる、標高4000メートルを越える高原地帯にあります。レーからは月に3本しかバスが走っていないため、今回はミクシィのラダックコミュニティで同行者を募り、ジープを一台チャーターしました。

このサングラスの男性は、ドライバーのパドマさん。先月結婚したクンガさんの友人で、チョウ・ユンファ似のナイスガイ(笑)。今回の旅ですっかり仲良しになり、レーでタクシースタンドの近くを歩いていると、「ヤマモト!」と向こうから僕を見つけて声をかけてくれるようになりました。

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ラダックでコーヒー

  • Posted by: yama_taka
  • 2007年8月 4日 12:45
  • レー | 写真

僕はコーヒーが大好きで、日本にいる時は、三鷹のまほろば珈琲店のブレンドNo.5をザッセンハウスのミルで挽き、それをKONO式ドリッパーでいれてアラビアのマグで飲むという、いささかイヤラシイ愉しみ方をしています(笑)。でも、ここラダックでは、レストランで出されるコーヒーのほとんどはネスカフェのインスタントコーヒーで、たまに「フィルターコーヒー」という文字をメニューで見つけても、どうせまともなものは出てこないだろうと半ばあきらめて我慢していたのでした。

そんなある日、こちらで知り合った滋賀県立大教授の棚瀬さんが、「うまいコーヒーが飲める店がありますよ」と教えてくれたのです。

店の名は「デザートレイン・カフェ」。メインバザールの南端、大通りに面した建物の二階にあるカフェです。入口は一本裏の通りにあるので、ちょっとわかりにくいかもしれません。

写真はお店のスタッフのシアンさんと、燦然と輝くお店自慢のイタリア製エスプレッソマシーン。シアンさんはお客と話をするのが大好きで、暇になると僕の席までやってきて、あれこれ世間話をしていきます。

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ゴンチェ完成

  • Posted by: yama_taka
  • 2007年7月27日 15:02
  • 写真 | 雑記

6月にオーダーしたゴンチェ(ラダックの伝統的なコート)が完成しました。先日の結婚式の時に着て行ったのですが、ブログで報告するのをすっかり忘れてました。ちなみにこの写真を撮ってくれたのは、ゲストハウスに帰省中の次男、ジグメ君です。

実際にゴンチェに袖を通してみると、思っていた以上にゆったりしていて着心地がいいですね。腰の部分は両脇で布をたくって、帯できゅっと締めています。胸元には財布などちょっとしたものを入れられるし、右腰の部分にもポケットが付いているので、意外と実用的です。でも、僕は生まれてこのかた、こんなに裾の長い服を着たことがないので、階段とかでしょっちゅう裾を踏んづけて「おおぅ!」とよろめいてます(笑)。

ダークグレイの生地と、ちょっとくすんだピンクの帯とのマッチングも、な、なかなかだと思うのですが‥‥どうでしょうか? モ、モデルが悪い?(笑)

これからも何か改まったことがある時は、このゴンチェをガシガシ着ていきたいと思います。

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タクトク ツェチュ

7月24日と25日、上ラダック(トゥ)のシャクティにあるタクトク・ゴンパで、タクトク ツェチュという仮面舞踊の祭りが開催されました。立て続けに行われた夏のお祭りも、これでほぼ一段落ですね。

祭りの始まりは、笛や太鼓、シンバルなどの楽隊による荘厳な演奏から。ほら貝を吹いている少年僧もいました。

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ドゥクチェン・リンポチェ

今年は、ドゥクパという宗派が誕生して800周年なんだそうですね。ラダックでは、ドゥクパの管長でダージリンのサンガ・チューリン・ゴンパの座主であるドゥクチェン・リンポチェが、マナーリからはるばる陸路でやってこられました。ヘミスやチェムレの座主でもある彼の来訪に、ラダックの人々は大騒ぎ。シェイのナーローパ・ポタンでは約一週間にわたって、リンポチェを迎えてのセレモニーやティーチングが行われました。なんと花火大会もあったそうですよ。

写真は、ティクセの砂曼荼羅を見学した帰りに立ち寄ったシェイで撮影した、ティーチング中のドゥクチェン・リンポチェ。通訳がなかったので話の内容はわかりませんでしたが、彼がマントラを口にすると、それが聴衆の口々からさざ波のように広がっていくのが印象的でした。

‥‥というわけで、スカルマさんからのリクエストにお答えしました(笑)。

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ティクセの砂曼荼羅

ティクセ・ゴンパで砂曼荼羅が制作されているという噂を聞いたので、見学に行きました。ドゥカンの奥で、仄明るいランプの光に照らされながら、4人の僧侶が黙々と曼荼羅を描いています。

この砂曼荼羅はデムチョク(大楽)のもの。丸3日がかりで完成させた後、儀式を行ってから破壊し、砂はインダス川に流すそうです。

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結婚式

  • Posted by: yama_taka
  • 2007年7月20日 16:17
  • レー | 写真

7月19日、ラダック在住のチベット人、テンジン・クンガさんと、友人の陌間香里さんの結婚式に行ってきました。式にはクンガさんの親族や知人のほか、日本から香里さんと一緒にやってきた友人の方々も参列しました。

朝訪れたチョグラムサルにあるクンガさんの実家の玄関には、鮮やかな花を水に浮かべた器が置かれていました。

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ピャン ツェドゥプ

7月15日、16日の2日間、下ラダック(シャム)のピャン・ゴンパで、ピャン ツェドゥプというチャム(仮面舞踊)の祭りが開催されました。ピャン村は、レーからバスで1時間弱ほどのところにある、谷間に広がる美しい村です。

初日の会場には、ピャン・ゴンパがラダックでの総本山となるディグンパという宗派の開祖、ジクテン・ゴンポの巨大なタンカが開帳されました。大勢のラダッキがチャムの合間に、タンカにカタ(儀礼用のシルクのスカーフ)を捧げていました。

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マンギュ・ゴンパ

「ちょっと辺鄙なところに行ってみよう」とふと思い立って、マンギュという村を訪ねることにしました。下ラダックのウレ・トクポのあたりから、インダス川の支流を6キロほど遡ったところにある、50軒ほどの集落です。レーからは、水曜と土曜の昼過ぎに直行バスが走っています。

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ヌブラでの日々

6月28日から7月4日まで、ラダック北部のヌブラ地方に行ってきました。レーからビーコン・ハイウェイを北上し、カルドゥン・ラという標高5000メートル級の峠を越えた先にある、シャヨク川とヌブラ川の流域に広がる緑豊かな場所です。外国人がヌブラに行くためには、ILPが必要になります。

写真は、最初に滞在したデスキットという村で目にした早朝の風景です。

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へミス ツェチュ

6月25日と26日、夏のラダックの最大の祭典、へミス・ゴンパのツェチュが開催されました。「ツェチュ」というのは「月の10日」という意味で、聖者グル・リンポチェ(パドマサンバヴァ)の誕生とさまざまな事蹟が、いずれも10日に起きたことを記念しています。

へミス・ゴンパの本堂の壁面には、1日目はペマ・カルポ、2日目はギャルセー・リンポチェの巨大なタンカ(仏画)が掲げられました。

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シェイ・カル&シェイ・ゴンパ

シェイ・カル(王宮)とシェイ・ゴンパは、レーからバスで30?40分ほどのところにあります。レーに遷都される前、ラダック王国の王都が置かれていたところです。

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ティクセ・ゴンパ

ひさびさに再開するゴンパ探訪シリーズ、今回はティクセ・ゴンパです。その勇壮で美しい姿から、ラダックを象徴するゴンパと言われています。岩山の南側を僧坊が埋め尽くすさまは圧巻です。

レーからティクセへは、ティクセまたはシャクティ行きのバスが割とたくさん走っていて、1時間もかからないうちに着くことができます。

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ラマユル ユル・カブギェ

6月12日と13日、下ラダック(シャム)のラマユル・ゴンパで、ユル・カブギェという祭りを見ました。この2日間はチャム(仮面舞踊)が行われるので、周辺から大勢の人々が祭りを見にやってきます。

写真は早朝のラマユル・ゴンパとラマユル村。いよいよこれから祭りが始まります。

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リゾン・ゴンパ

今日の昼過ぎ、ラマユルからレーに戻ってきました。まずはリゾン・ゴンパで過ごした日々の報告から。

リゾン・ゴンパは、下ラダックのインダス川沿いにあるウレ・トクポという村から、街道を外れて山の中に6キロほど分け入ったところにあります。僕は街道沿いでバスを降り、意を決して歩き始めました‥‥が、ひたすらダラダラ続く上り坂を荷物を背負って歩くのは、かなりしんどかった‥‥。

そうして1時間半ほど歩いていくと、折り重なるように連なる鋭い山裾の奥に、突然、白亜の僧院が姿を現しました。感動的‥‥というか、やっと着いた‥‥。

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タクトク・ゴンパ

ファームステイでシャクティに滞在していた時、畑仕事を半日お休みして、村外れにあるタクトク・ゴンパに行きました。ニンマパという宗派のゴンパで、洞窟に作られたお堂が発展して今の形になったということです。レーからシャクティ行のバスに乗って、約1時間半くらい。バスでゴンパのすぐ近くまで行くことができます。

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スピトク・ゴンパ

  • Posted by: yama_taka
  • 2007年6月 4日 13:52
  • レー | 写真

ここ最近の僕が何をしているのかというと、レーからローカルバスで日帰りできる場所にあるゴンパを訪ねて、写真を撮ったりしています。というわけで、これまでに訪れたいくつかのゴンパを紹介したいと思います。

最初に紹介するのは、スピトク・ゴンパ。レーから車で30分ほどのところにある、ゲルクパという宗派のゴンパです。レーからは30分おきくらいにミニバスが走っています。バスで到着するのはゴンパの北側ですが、このゴンパの外観が美しいのは南側の方だと思います。無数の僧房が連なる様は、かなりカッコイイです。

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ティンモスガンのサカダワ

昨日5月31日は、チベット暦のサカダワ。釈迦の誕生・成道・入滅を記念する日でした。レーでは一足先に、5月初旬にサカダワの行事が終わってしまったのですが、下ラダック(シャム)のティンモスガンという村で大規模なサカダワの行事が行われるということで、ローカルバスに乗って行ってきました。

ティンモスガンに着くと、岩山の頂上にあるゴンパまで続くジグザグ道を、大勢の人が歩いて上っていました。

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レーの街

  • Posted by: yama_taka
  • 2007年5月29日 20:30
  • レー | 写真

ラダックに到着してからいきなりファームステイに行ってしまったので、順番が逆になっちゃった感も否めませんが、ラダックで一番大きな街、レーの紹介をしたいと思います。

現在、レーには3?4万人の人が住んでいるそうです。ここはメインバザール。レー一番の目抜き通りで、ジェットエアウェイズのオフィスや銀行、本屋、雑貨屋、食料品店などが軒を連ねています。奥に見える城のような建物は、かつてのラダック王国の王宮、レーチェン・パルカル。

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種まきの日々

シャクティでの10日間のファームステイを終え、レーに戻ってきました。終わってみればあっという間の、とても充実した日々でした。とりあえず、どんな感じだったのかをかいつまんで書いてみたいと思います。

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こんなところに滞在しています

  • Posted by: yama_taka
  • 2007年5月15日 18:24
  • レー | 写真

これまでにいただいたメールやコメントで一番多かった質問が、「ラダックで、どんなところに滞在しているんですか?」というもの。今回は、僕が今レーで拠点にしている場所を紹介します。

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写真展「ラダックの風息」、こんな感じでした

東京・三鷹のリトルスターレストランで、2007年2月6日(火)から開催していた写真展「ラダックの風息(かざいき) --もうひとつのチベット--」ですが、4月1日(日)で無事に終了しました。

生まれて初めての写真展、しかも会場はカフェレストランという、わからないことだらけの状況でスタートした今回の企画でしたが、思いのほか大勢の方々に見に来ていただけたようで、正直ホッとしています。わざわざ三鷹まで足を運んでくださったみなさん、本当にありがとうございました。

ここでは、残念ながら見に来ることができなかった方のために、展示会場で撮影した写真をいくつかご紹介します。上の写真は会場となったリトルスターレストランの店内。白い壁に焦げ茶色の床や柱、アンティーク調のテーブルと椅子が並ぶ居心地のいいお店です。

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